内緒の恋愛

 明宮蒼一郎は俺の英雄だった。
 格好良くて、強くて、賢くて、とにかく凄かったその人は、俺にとって初恋の人だった。
 とても馬鹿馬鹿しい話だと解っているが、小さい頃の俺は明宮蒼一郎のことを本気で好きだった。アイドルに恋するかのように夢中になった。でも、大人になると同時にその恋は単なるファンのものへと変わっていった。
 ただ一つ、俺に呪いのようなモノを自覚させて。
 俺にとって恋愛対象は同性だった。


 家族以外には誰も知らないその秘密。
 親友の結翔にも言った事がなかった。気持ち悪いと思われるという考えは一つもなかったが、結翔は優しい奴だからきっと気を遣わせてしまうだろうなと思って。
 ずっと憧れだった星鳴学園に入って、念願の選抜に編入出来て最初は浮かれてたし、ついていけなくて大変なこととか、一条との関係とか色々あってなるべく考えないようにしてたけど、思えてならない。


「スピカ寮の男ってみんな顔がいいな……」


 別に男なら誰でもいいというわけではない。そんなことは当たり前だ。
 しかし、右を見れば超一流のパティシエが作った特大ケーキ、左を見れば超一流のコックが作ったフルコースのようなこのラインナップに俺は頭を抱えたくなった。
 セプターってもしかしてイケメンじゃないとなれないのか…?否、それはないか。
 鏡を見るとどうみてもフツメンの自分の顔が映っていて安心する。でも、スピカ寮の女の子も皆美少女だし、適合性の高い子というのはもしかするとやはり顔がいいのではないかと思えてしまう。
「どうしたの、涼太」
 突然隣にいた親友が謎の発言を言い出すので結翔はのぞき込んで尋ねてくれた。
「結翔…」
「大丈夫?」
 子犬のように柔らかく人なつこい瞳で俺を見てくれるその笑顔は正直小さい頃から顔がいいな…と思ってるけど、高校生になって改めてこいつ顔が良いな…と正直思う。
 俺の顔の好みとはちょっと違うけど、結翔もイケメンなんだよなぁ……。
「…結翔、おまえ」
「う、うん」
「イケメンだよな……」
「え、本当!?そ、そうかな……」
「本当本当」
「……」
「それから一条も顔がいいし、というかとにかく、みんな顔がいい……」
 食堂で話す事ではないと解っていても、ついつい俺はフォークを握りしめて口にしてしまう。
 どこかで誰かがスプーンだからナイフを落とす音が聞こえた。
「……じゃあさ」
「うん?」
「涼太は一番誰が格好良いって思ってるの?」
「一番?」
「そう」
「スピカ寮で?」
「じゃなきゃ、涼太、明宮蒼一郎って言うじゃん」
 あの人以外で!と言う結翔に俺はどうしたものか、と思っている。
 否、格好良いと想ってる人は勿論いる。
 というかその人のことが俺は好きだった。
「涼太、結翔」
「っ」
「九々生先輩!」
「何、変な話してるんですか」
 はぁとため息を吐く一条の隣で困ったように笑うその人に心臓の鼓動が早くなるのが解る。
 この人が好きだ、と全身が言っているのが解る。
「いや、みんな格好良いなって思って……」
「唐突すぎるんですよ」
「一条は顔がいいから解らないんだよ、俺みたいに普通の顔の気持ちなんて…」
「は?」
「え?」
「ん?」
 自分の頬を無理矢理引っ張る。柔らかさもなければ顔の良さもない。
「……否、涼太は…」
「結翔の隣にいつも並んでると、いかに自分が普通なのか解るんだよなぁ~」
 いいなぁ、一条はと言うと、何故かいつもの呆れた顔をされた。
「……自覚ないんですか?」
「何が?」
「涼太」
「九々生先輩!」
 名前を呼ばれると胸がキュンどころがもうぎゅっと鷲掴みされるくらいに苦しくなる。
 出会ってからずーっと先輩は俺に優しくしてくれていつも味方してくれてた。その人の事を好きになるのは当たり前で、女の子にモテるこの人のことが俺は凄い大好きだった。
「……俺は涼太はその、かわ……格好良いと思うんだが」
「九々生先輩~」
 うぅ、優しい……。ああ、好きだなぁ……。
 例え適わない恋だと知っていてもそれでも好きでいるのは勝手だ。
「……」
 優しく微笑む瞳の色も、少しだけ癖のある髪の毛も、スピカ寮で一番格好良い顔も、優しい性格も、ちょっとだけ強情なとこも、頭の良いところも、綺麗な指先も全部全部大好きだ。
「……俺も先輩が一番格好良いって思います」
「そ、そうか……」
「本当ですからね!本当の本当に!」
「ああ、解ったから…」
 あれ、先輩顔真っ赤だ。本当の事なのに照れてるのかな?そう思って俺は食べかけのハンバーグを口にした。


 この学園はとにかくみんな顔が良かった。
 そんな中で俺はまるで隠れキリシタンのように性癖を隠して生きていた。

 俺は、ゲイだったのだ


 九々生先輩に明宮蒼一郎が実は兄弟だったという事を教えられた。
「……」
 先輩の出自が複雑だったり、明宮さんに複雑な気持ちを抱いてること、そして英雄という呪いを解きたいと思ってる事。
 様々な感情を抱いてる先輩の助けになりたいと心底思った。
「……」
 部屋に戻り、ベッドに横になる。
 横を向けば明宮蒼一郎のポスターが飾ってある。
 それを見てしみじみと思った。
 イケメンの遺伝子ってやっぱり正しいんだな……と。
「……先輩とそういえば、目の形がどことなく似てる気がする……」
 となると、俺の初恋の人にして憧れの人と、今の俺の好きな人は兄弟ということで、つまりは俺の好みというのは大体同じということで……。
 先輩の話を聞いて、俺はこの兄弟の顔に弱いのか?とか、いやいや、好きなのは顔だけじゃないし!とか思ってポスターをじっとみる。
「……明宮さんも顔が滅茶苦茶いい……」
 否、先輩のほうが格好良いけどさ!
 そう思いながらも、密かに隠し撮りしてる先輩の写真を携帯で見る。
 先輩はいつでも優しい。表情は柔らかい。でも―――
「……先輩、一条のこと好きなのかなぁ……」
 俺が見る限り、先輩は自分と同種って感じがしないけど、でも、一条にはなんとなく特別気にかけてる気がするし、一条も先輩の事凄い気にしてる気がする…。
 一緒にご飯食べるときににチーズつけてあげたり、一条に対して笑う顔はなんとなく綺麗だし、それに何より並ぶと美男2人って感じで釣り合いとれてるし……。俺と先輩が並ぶと美男とトドって感じだもんな…。
「……まぁ、どっちにしろ、俺の失恋は決定してるんだよな…」
 ぽつりと呟いて天井を見る。
 携帯に入ってる写真は全部隠し撮りで、先輩が俺に笑ってくれた顔なんて一つも無い。
 写真を撮らせて欲しいだなんて言えるような勇気はないし、そもそも断られたら、と思うと言えない。
 まぁ、先輩が誰かを好きじゃないとしても、俺みたいな平凡以下の顔で猪突猛進な奴を好きになるわけがないんだけどさ……。
「……」
 なんだか落ち込んできた。ちょっと、夜風に当たろう…。



「……ふぅ」
 外に出ると冷たい風が気持ち良かった。
 誰かと一緒にいるのは好きだけど、俺だって1人で色々考えたい時はある。
 空を見上げれば星が綺麗で、ミハシラがどこまでも空の上まで高く高くそびえ立っていた。
 はぁ、とため息を吐くと少しだけ息が白い。
「遠野」
「……」
 振り返ればその先に余り話した事の無い人物がいて驚いた。
「貴矢先輩」
「遠野が外に出て行くところが見えてな」
「あはは、そうだったんですか」
「……悩み事か?」
 言ってみると良い、と言う彼にどうしたものかと思う。先輩のこと、自分の恋愛傾向のこと、どちらにしろ人に言っていいことではないからだ。
「九々生とのことか?」
「……え?」
 どうしたものか、と思っていると、貴矢先輩に何を言われたのか理解出来なかった。
「……遠野は同性愛者だろう?」
 その言葉に意味がわからなくて目を見開いた。
 何故バレたんだろうか、とか、どうしてこの人が、とか思えて頭が真っ白になる。
 ただ、微笑む彼の笑みだけをじっと俺は見ていた。


「ねぇ、涼太知らない?」
「あぁ、知らねえよ、遠野いねえのか?」
「一緒にお風呂入ろうと思ったらいないんだもん!」
 ルームにドタバタと入ってきた結翔が進示に尋ねてくる。その言葉に涼太いないのか、と紅二郎も不思議におもった。
「うぅ、九々生先輩知らない?」
「いや、見ていないが…」
「一条も知らないって言ってたし、もうどこ行っちゃったんだよ、涼太~」
 時計を見るともう夜の22時だ。門限ではないものの不安になる。
「ただいま」
「あ、貴矢せんぱ――」
「……」
 その瞬間、場が凍り付いた。
 三星に肩を抱かれて泣いていたであろう、目を赤く腫らした涼太がそこにいたから。
「涼太!どうしたの!!」
「どうしたんだよ、遠野」
「……えっと」
 涼太が無理矢理笑顔をつくるのが解る。
「貴矢先輩に悩み事を聞いて貰って」
「……」
「……」
 その瞬間、言い様のない空気がルームに漂う。
 三星と涼太は特に仲良いわけではない。なのにそんな人に涼太が頼ったという事実に全員に衝撃が走る。
 三星と紅二郎の目線が合った。彼は、いつものように涼しげな笑みを浮かべているだけだった。


 だなんて、思っていたのは遠い昔、ではなく二年前。
 時間が経てば忘れられると思ってた。九々生先輩が卒業して、あれだけ泣いた日々が懐かしいと思えるような穏やかな日々が続いた。
 セプテムに入るその日までは。


「……」  強制で入れられる学園に比べて、セプテム入社は希望である上、社員寮に入る人はそこまで待遇が良くない。
 学園トップのコインだった結翔なんかは別だけど、俺はそこそこの成績だったし、先輩と同室になるぞ、と言われたところでまぁそれはそうだよな、と納得するだけだった。
 入社式どころか、学園卒業と同時に荷物を入れてもいいと言われて、涼太は誰と同室になるんだろうと心を弾ませていた。
「えぇ~俺は1人部屋なの?」
「いいじゃん、1人で気兼ねなく過ごせるだろ?」
「そうだけど~涼太と一緒が良かった~!!」
「必ず上司と一緒だって言ってただろ」
「……」
 すがりつくような顔をされてもしょうがない。
 どちらかというと結翔のほうが羨ましがられるほうだと思うのだが、幼馴染はそうではないらしい。
「さて、俺の部屋は~」
「涼太~」
「はいはい、遊びに行くから」
「絶対だからな!絶対!絶対!」
「解ったってば」
 泣きそうになる幼馴染を放って俺は自分の割り当てられた部屋へと向かう。
 しかし、同室か……。
 どうしよう、好みのタイプだったら……。
 否、もう二回失恋を味わった身としてはもう恐くない。むしろ三度目の正直と言うくらいだ。
 それに、明宮さんに九々生先輩と、こう……セプターの中でもトップ2のイケメンを好きになってしまったんだ。自分が面食いなのは自覚してる。
 今更そんじょそこらのイケメンだと自分だって反応しないはずだ。うん。
 そう思って、部屋に入ると2人部屋とはいえ滅茶苦茶広い部屋だった。右側のスペースが空いてるのでおそらくこっちが新入り用なんだろうな。
 俺は、持ってきたバッグをベッドの近くに置いた。
 1人部屋の頃だった時は、明宮蒼一郎のポスターを貼っていたが、さすがに2人部屋では失礼になるし、去年出た明宮さんと九々生先輩のアクスタだけベッドに飾っておこう。
「……うん」
 ケースに飾ったアクスタと、隣に暁星のアダプタを飾るとなんだか良い感じだ。
 ベッドに横になって隣を見るとアクスタがある。
 発売された時から思ったけどやっぱり神グッズだ…。全員揃えたくてBOX買って他にバラで買ったけど、貴矢先輩と雨月先輩が出たから、本田と詩守と交換したんだよなぁ……。
「……やばい、兄弟揃ってやっぱり顔がいい」
 思い出すと心臓がバクバク言ってきた。おさえろ、もうこの恋が終わりだって決めただろ!
 入社式が終わって、先輩と会ってもなんでもない顔で、ただ仲良くして貰った後輩だって顔するんだ。そう決めたんだ、先輩が卒業した日に。
「……」
 体を起こして、ベッドに座る。
 はぁとため息を吐いて、隣のスペースをじっと見た。
「……あれ?」
 どんな人だろうかと思っていたがよくよく見ると、なんとなく見覚えがあるような…?
 いやいや、俺がすでに入社してる先輩で部屋に入った事がある人なんて―――
「いやいや、ないない」
 そんな偶然ない……よな?
 うん、ない、絶対ない!
 さーてと、荷物を片付けないと!まずは持ってきた服をクローゼットに入れて……
「……ただいまー」
「……」
「あれ、そういえば、今日から同居人が来るんだったな」
 この声。
 いやいや、世界には似た人が3人いるっていうくらいだし、声だって似た人がおかしくない。
「……」
 俺の首がギギギギギとありえないような音をしているのも気のせい。そう、これは全部気のせい。
 だって、ありえない。
 そんな偶然。
「はじめまして、今日から一緒に―――」
「……」
「……」
 相手も俺の顔を見て心底驚いた顔をしている。  これはなんだろう、完全な神様の悪戯としか思えない。そうでなければ悪趣味な陰謀だ。
 だって、もう諦めると思った恋愛がこんな形でまた始まるとか普通あるか?否、仏はない。だって、これは麻衣が好きな少女漫画や月9のドラマじゃないんだから。
「……涼太?」
「くぐりゅうせんぱい」
 お互い顔を見合わせて目を丸くした。


 これは喜んでいいんだろうか。それともひどい悪夢だと叫ぶべきか。
 涼太には正直わからない。
 わかることは、
「……っ」
「久しぶり」
「~~~!」
 諦めようと思っていた恋は結局諦められるわけもなく、たった一年ほとんど会わないくらいじゃ、俺の恋は終わらなかったということだけ。
「星鳴戦の応援と文化祭の時、会いに行ったきりか」
「そ、そうですね……」
「全然会いにいけなかったからな…」
「せ、先輩は忙しかったから仕方ないです!」
「……そうかな、でも」
「……っ」
「ずっと、涼太たちに会いたかったよ」
 ああ、本当にこの人は顔がいい!
 優しく微笑まれて、そして落ちない人間はいるんだろうか。
 男である俺が、もともと同性愛者とはいえこんなにも振り回されるくらい好きで好きでたまらないんだから、女性だったらもっととんでもないと思う。
「…お、おれも…」
「うん?」
「会いたかったです」
「そっか、うれしいよ」
 もう、九々生先輩のジゴロ!鈍感!でも、そこが好きなんだよなぁ……。
「涼太」
「は、はい」
「涼太がセプテムに入ってくれる日をこの一年、ずっと待ってたよ」
「……っ」
 ああ、もう、俺は今どんな顔をしてるだろう。
 涙がこぼれてないだろうか。
 顔がひどいことになってないだろうか。
 感情が表に出てないだろうか。


 そんなことを冷静に思ってる自分がいて、ただ、わかるのは、この人のことをとんでもなく俺は好きなんだという事実だけだった。