君と踊るキャラセル・ダンス

「……貴方、九々生さんとお付き合いされてるんでしょう?」
「え」 「まったく、貴方みたいな子が恋人だなんて、九々生さんも可哀相ね」


 そう言われた言葉に笑っていられただろうか。  きらびやかな場所に、つれて来られて、訳がわからなくて、一緒にいた三星さんも本田もいない。
 可愛くないだの、みすぼらしいだの言われても、それは当たり前で。
 でも、此処にいない恋人の事を言われた瞬間、頭に冷や水を浴びせられた気がした。
 それでも自分は、ちゃんと笑っていられただろうか。
「ああ、でも、九々生さんって―――」
 自分のせいで、大事な人の名前が傷つけられるのは耐えられなかった。
 だから平気なフリをしなければ、と思うのに、
「明宮の先代ご当主の落胤でしょう?」
 その言葉を聞いた瞬間、反応してしまった。
「卑しい血筋が入ってるのなら、見た目がどれだけ美しくても、」
 あの人がどれだけ綺麗で優しいのかもしらないくせに好き勝手言うなと叫びたかった。あんなに優しくて素敵な人は他にいないのに、どうして、
「汚らわしいったらありゃしない」
 そんなことを言われなきゃいけないんだろうと、泣きたくなった。



「うちの弟嫁が自信をなくしているからパーティを開こうと思う」
「まったくもって意味がわかりません」
 蒼一郎が意味がわからないのはいつものことだが、それにしても更に要領が解らなかった。
「弟嫁、というのは遠野くんですか、一体どうしたんですか」
 ため息を吐いて笠原が尋ねると、「実は、この前…」とぽつりと教えてくれた。
 セプテム日本司令部に無事入った涼太は、すぐに人気が出た。
 セプテムの広告塔といえば、目の前にいる蒼一郎だが、それでも他のプロのセプターが人気が無いというわけではない。
 特に涼太は幼い子供達を主に国民からは人気であり、 同時に、涼太が上層部から煙たがられていた。
「涼太くんは可愛い」
「突然ですね」
「弟の選んだ嫁だからな、しかし、どうやら貴矢家の長子が連れて行ったパーティで手酷い事を言われたようでな」
「……涼太君は上層部に喧嘩を売りましたからねぇ。一条君の事もあるから」
「……『幾ら適性があるからって、セプター候補生として無理矢理連れてくるのは反対』とはっきり言ったのは彼くらいだからな。まぁ、そこもあって気にいってる人間も多いのだが」
「上層部や融資者は解ってない人が多いですからね。現場の人間には遠野くんは大人気ですけどね」
 生意気だ、と言われていた自分に対して、周囲から愛され支えられている涼太を見ると蒼一郎は頬が緩む。
 『才能』がない、と言ったのは他ならぬ自分だが、それ以上のものを彼が持っていた。
 涼太が傍にいると世界が少しだけ綺麗に見えるのだ。
 くすんでしまったこの世界に一筋の光が差し込む。それを追っているうちに、気がつけば大空の下へとまた戻ってくる事が出来た。
 見えない翼が彼にはあるのではないかと時折思う。
「それで貴方はどうしたんですか」
「貴矢家のパーティなんてもう行かなくていいと抗議しておいた」
「……」
「涼太君に無礼を働いた人間達は明宮家に喧嘩を売ったも同然だからな、それなりの処置はさせて貰ったが……」
「貴方、九々生君と仲直りしてからとても過激になりましたね」
「……」
「まぁ、それはいいですが、何故それでパーティに?」
「……涼太君が可愛いということを自覚させて、自信を持たせたい」
「……」
 意味がわからないが、この男なりに色々考えた事なのだろう、と笠原は考える。
 ついでに、見知らぬ良家の子息子女には自業自得とはいえ少しだけ憐れみの念を抱いた。。没落でもしなければいいが、と思いながら、
「で、本音は?」
「紅二郎と涼太くんのダンスする姿が見たい」
 彼の本音に笠原は心底、彼の弟夫婦に対して同情した。






「……」
 涼太はため息を吐きたい気持ちを押さえつつも隣にいる誰よりも愛しい人を見た。
 先日、貴矢家主催のナイトパーティに出席した。
 そこで起きた事は余りにも悲しすぎて紅二郎に言う事が出来なかった。
 自分だけじゃなく紅二郎もまで馬鹿にされるのは悲しくて仕方なかった。
 辛くても笑おうと努めたけれど、それでも涼太の表情など、長年一緒にいた紅二郎には解ってしまうようだった。
 それから数日後、今度は義兄の紅二郎がパーティを開くと言った。
 蒼一郎の主催なので、涼太を傷つける事はないだろうと解りつつも紅二郎は断ろうとしたのだ、しかし、涼太が憧れの蒼一郎の誘いを断れるわけもなく、結果としてパーティに出席することにした。
 明宮家の屋敷は幼い頃に過ごした場所だ。
 紅二郎にとっては13歳まで過ごした場所であり、同時にそこを追い出されてからの日々は辛くて、涼太に会うまで愛に飢えた日々だった。
 母親は愛してくれたが、それでも大好きだった兄に裏切られた気持ちは消せなかった。
 涼太に会って、やっと前へと向けるようになったのだ。
 そして、徐々に距離が縮まり、今ようやく今の関係を作り上げる事が出来た。
 紅二郎は涼太の手をとり、屋敷の中へと入る。
「涼太」
「紅二郎さん」
 ふわりと笑う大好きな人の手を取った。そして、中へと入る。
 紅二郎も貴矢家主催のパーティに出席した事がある為、涼太の出席したパーティも同じようなものだろうと予想はつく。
 だから兄が主催するものも同じようなものだろうか、と思っていた。
「……大丈夫だよ」
「え?」
「何があっても、俺が一緒にいるから」
 そう笑う紅二郎に涼太も笑った。
 大丈夫だ。
 この人がいればどんな相手にもきっと立ち向かっていける。
 そう思っていたのだが―――
「あ、涼太!」
「ゆ、結翔!?」
「どうして此処に……」
 そう言うとひょっこりと結翔の隣から橘が顔を出した。
「一条まで」
「お久しぶりです、皆さん」  この前、コンサートに来て下さって以来でしょうか、と言われて二人とも驚く。
 見回すと、周囲は紅二郎と涼太の知っている人ばかりだった。
「明宮さんから招待状が届いたんですよ」
「なんかね~よくわからないけど、九々生先輩と涼太とパーティしたいんだって言ってた!」
「……兄さん…」
 Vサインをして二人に言う結翔はいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「まぁ、正装ですけど、政治的な配慮がなくて気楽ですよ」
「え?」
「……見て見て下さい」
 そう言って橘の指差した方向を見る。
 そこには沢山の子供達がいた。
「あっ!りょーたくんだ!」
「こーじろーくんもいる!」
 パタパタと歩いてくる子供達の集団に涼太は慌てて屈んで視線を合わせた。
「えっと、君たちは……」
「あのね、あのね、わたしのこと覚えてない?」
「……」
 そう言って、僕も俺も、と言う子供達の顔を一人一人見つめた。
「君はホルン塔の……」
「覚えててくれた!」
 わぁ、と嬉しそうに声をあげる少女にに気づく。
 その横はオルガン塔、この子もオルガン塔、ホットベル、ハープ、アイスベル、ハープ、ドラム……
 忘れるわけがない。
 自分達が、涼太と紅二郎のチームが救った大事な命だ。
「あのね、今日ここに来れば、りょうたくんとこーじろうくんにおれいが言えるってきいたの!」
「おにいちゃん、ありがとう」
 気がつけば、涼太の隣に同じように紅二郎が屈んで子供達を見つめていた。
「……」
「りょうたくん、どうしたの?」
「かなしいの?」
「……違うんだ、その…」
「りょうたくんへんなの!」
「ぼくたちがたすけてもらったのに?」
 首を傾げる子供達に紅二郎がそっと声をかけた。
「……ありがとう、みんな」
「こうじろうくん?」
「なんでなんで?」
「涼太は、皆を助けられて嬉しいんだよ」
 そう言うと、「へんなの~」と子供達が笑う。
「あのね、俺ね、くぐりゅーさんたちみたいに、セプターになるんだ!」
「……え?」
「それでね、困ってる人を助けるんだ!!」
「ぼくもっ!」
 ニコニコと笑う子供達はかつて自分が蒼一郎に憧れた自分のように、自分達に憧れた子がセプターを目指そうとしてくれている。
 それがどんなに嬉しい事だろうか。
「九々生!それに、涼太ちゃん!」
「先輩……」
 今度はかつて自分達が見習いだった時の上司が声をかけてくれた。
「早速、子供達に囲まれてるのな」
「……先輩も子供達に囲まれてるじゃないですか」
 わーわー言いながら捕まっている上司に涼太と紅二郎も頬を緩める。
「……って、涼太ちゃん泣いてるじゃねえか」
「ないてる~」
「うっ……これは……」
 慌てて、涙を拭う涼太にハンカチを紅二郎が差し出して拭う。
 その様子に『らぶらぶだ』『いちゃいちゃしてる!』と口にする。その様子に涼太が頬を赤らめた。
「ほら、子供達、あっちでご飯が配られてるぞ」
「ごはん!」
「りょーたくんもいっしょにたべよ!」
「いっしょ!」
 よくみれば小さい子供ばかりだ。
「ゆーとくんだ!」
「あ、そーまゆーとだ!」
 紅二郎から離れた子供が隣にいた結翔に向かって走って行く。
 涼太は子供達に連れられて中へと入っていく。橘ははぁとため息を吐いて、周囲を見渡して何かに気づいたようだった。
「……あの子供達、親がいないんですね」
 そう言われて、紅二郎はそういえばセプター以外の大人があまりいない事に気づいた。見渡しているのは上司や後輩ばかりだ。 
「……塔災で孤児になった子供しかいないからな」
「……え」
「ったく、九々生、そんな顔すんじゃねえぞ。プロでも無理な事と出来ない事は多数ある」
「……」
 その言葉に、自分がもっと上手くすればよかった、とアリアリと表情に描かれていた。
「あの子達は一人として、両親が死んだからって、お前らを恨んじゃいないし、お前ら二人の事を見て、同じように救う側になりたいって思ってんだよ」
「……」
「俺らが来るなり、『涼太くんは、紅二郎くんは』ってうるさかったぜ」
 まぁ、可愛いけどな、と笑う上司の言葉に紅二郎は微笑む。
 そして、蒼一郎がどうしてパーティを開こうと思ったのかようやく理解した。


「……兄さんがどうしてパーティなんて開こうって言ったのかやっと解ったよ」
「……え」
 貴矢家の融資者はうわべしかみていない。
 でも、蒼一郎が選んだ、この場所にいるのは孤児や、塔災の被害者だった人間で、辛くても必死に生きて、涼太や紅二郎――否、セプターに対して感謝をしてくれていた。
 遠目から涼太を見ればまた泣きそうな顔をしながら笑っていた。


 見れば進示や、るんといった同じセプターの道に歩んだ人間もいて、涼太は嬉しそうに笑っている。
 その笑顔がどれだけ眩しいのか、きっと涼太自身は知らない。


「紅二郎」
 本当は近くに行きたいけれど、もう少し遠くから見ていたい気もして眼を細めて見つめていたら、兄に話しかけられた。
「……じゃあ、俺はちょっとあっちに行くな」
「僕も、先程雨月さんと、詩守さんを見かけたので挨拶してきますね」
「あ…」
 気を利かせて仲間達が去って行く。このパーティの主催だろう兄が紅二郎に近づいてきた。
「……兄さん」
「涼太くんが落ち込んでいると聞いてな」
「ありがとう、俺としても色々得るものがあったよ」
「そうか」
 『英雄』としてののろいがけして解けたわけではないだろう。それでも少しずつ自分と、自分にとって一番大事な子が英雄と呪いを誇りに変えていく事が出来ただろうか。
「……涼太くんは」
「?」
「俺が出来なかった事を易々とやってくれる」
「……ああ」
「俺は、人の為と言いながら実際は救った人間の顔なんて覚えていなかった」
「……」
 それに対して何も言えなかった。
 何故なら実際に蒼一郎に助けられた涼太の顔を、彼は覚えてなかった。
 それでも、蒼一郎に涼太は手を伸ばし続けた。笑って、声を出して、諦めなかった。
 その姿を、紅二郎どころか笠原にも言っていないが、自分を助けてくれた事も含めて蒼一郎は涼太を『英雄』だと焦がれた。
 自分の英雄が、実の弟と結ばれて誰よりも喜んだのはきっと自分だと認めざるをえないほどに。
 だからこそ、涼太を傷つける人間は許せない。
 紅二郎と涼太の幸せは自分が守る。それは過去の償いはもちろんだが、自分にとっての心の支えであり、希望でもあった。
「涼太くんは、平気でやれるのだな」
「……それが、涼太の凄いところだから」
 改めて見れば、更に涼太の周囲に人が集まっていた。  進示やるんだけではなく、結翔と橘、杏介に曜、すずめ、命、後輩達に、救われた子供達と数人に一般人の大人達。
 皆、涼太の周囲で笑顔を浮かべている。
「……本当に、ありがとう、兄さん」
 そんな紅二郎の様子に、そっと蒼一郎は背中を押した。
「御礼を言うくらいなら」
「うん?」
「お前達のダンスでも見せて貰いたいものだが」
「あはは、そんな冗談言うんだな、兄さんでも」
 『今の』とはけして言わない。
 かつての彼は平気で言っていたこと。
 また言えるようになったのはお前達のおかげだろうと、蒼一郎は言わなかった。
「でも、そうだな」
「……」
「人気者の妻を取り戻してくるよ」
「……ああ」
 そう言って、駆け出す弟を見送る。
 周囲が紅二郎を見て、道を開く。そして、紅二郎が涼太を抱きかかえた。一瞬驚いて、でも笑って二人がくるくる踊り出す。
 離さないと言いたげに、しっかりと手を握りしめて。





 

人様に送りつけようと思った作品だったんですが、書き上げて「あ、アァーーーこれは駄作…」と思いつつも貧乏性なのでネットにアップした作品です。
(そしてできあがったのがオールド・パム/キャロルです)
単純に涼太達に救われた人達は沢山いるよね、という話が書きたかったんですが、いつかこれはリベンジしたい。