未来予想図

「……」
 ルームに入ると、珍しい光景があった。
 紅二郎に気づいて、しーと口元に指をあてて静かにするように涼太が合図する。
 そのまま去れば良かったのだろうが、恋人と可愛い後輩がいるのに部屋に戻るのもなんだか癪で、紅二郎はそのまま涼太の隣に腰を下ろした。
「……珍しいな」
 起こさないように小さな声で紅二郎は涼太の膝にいる人物を見つめながら囁く。
 これが涼太の親友であり幼馴染である結翔だったら今まで見た事はないがただの穏やかな光景だった。
 しかし、涼太の膝で眠るのは橘だった。
 くすくすと笑って、橘の髪の毛を撫でながら
「さっき、ヴァイオリン弾いてくれてたんですよ」
 そう教えてくれた。
 彼はかつて口にしたように卒業した後少しでも夢に近づくように合間を縫って公園でヴァイオリンを弾いていたらしい。そこを通りすがかった涼太に何曲か弾いてくれたらしい。
「……帰ってきて、少しだけ話してたんですけど疲れてたみたいで寝ちゃって」
「……で、膝に?」
 すやすやと眠る橘の姿は出会った頃では考えられない。
 これも全て目の前の人物が全て変えたのだと自分は知っている。
 穏やかな視線を橘に向ける姿や、手の動きはどこか慣れたもので、そういえば妹がいた
 涼太に反発する橘は昔はともかく、今ではどこか甘えてるように見えるし、それを笑って受け止める姿はどこまでも優しい。
「そうしてると、まるで母親みたいだな」
「……え?」
 以前、涼太に『久々生先輩ってお母さんみたいですね』と言われた事の意趣返しに口にする。
 きっと、涼太は驚きながらも少しだけ拗ねるだろうか、と思っていると思っていた反応とは違い、頬を真っ赤にした。
「だったら……」
「うん?」
「だったら、先輩はお父さんです、かね?」
「……え」
 上目遣いで恥ずかしげにそう言う涼太の言葉に、つまり涼太が何を言いたいのか解って、今度は紅二郎も顔を真っ赤にした。


 しばらく二人顔を見合わせて、硬直していると、ガチャリと音を立てて扉が開く。   


「あれ~、いいなぁ、一条」  


 誰かと確認する暇なく、声で紅二郎と涼太は誰なのか解った。
「涼太に膝枕して貰ってる~いいな~……って、あれ?」
 結翔は首を傾げて二人の様子を見た。
「なんで涼太と久々生先輩、見つめ合って固まってるの?」
「あ……あはは、べ、別に大したことじゃない!」
「え、でも……」
「それよりも結翔、どうしたんだ?」
「え~部屋行っても誰もいなかったから?一条の寝顔珍しいなね~」
「そうだな」
 紅二郎はそう言いながら、先ほどの涼太の言葉を思い出す。


 自分達は男同士だし、子供なんて成す事は出来ないし、法律上結婚も出来ないけれども、でも、もしも―――


 そんな未来を思い描いて少しだけ口の端が上がった。  
 



 そうこうしていると、涼太の膝の上で眠っていた橘が目を覚ました。
「……は?」
「おはよう、一条」
 目を開けば笑った涼太の顔があった。
 目を細めて優しく微笑むその姿に一瞬見とれて、次の瞬間自分が想い人の膝で眠っている事実に気づいた。
「……」
「一条?」
「っ!!」
 事態を理解して、慌てて体を起こした。
「……な、な……」
「お前疲れて眠ってたんだよ」
 何でも無いように笑う涼太にイラ立つものの、自分が悪いのは事実なのでそれ以上は言わなかった。
「……って、なんで九々生さんと相馬さんもいるんですか」 「なんとなく、かな?」 「一条の寝顔が珍しかったから!」
「……」
「えっと……」
 ジト目で結翔の事を睨む橘に何かフォローしようと涼太は口を開いた。
「一条の寝顔、結構、可愛かった」
「っ!!」
 その言葉に顔を真っ赤にさせて、涼太を軽く睨み付ける。
「可愛くないです!」
「あ……」
 そう言って、ルームを去って行く橘に、「あ、行っちゃった」と残念そうに結翔が口にした後、思い出したように声をあげた。
「って、オレ一条に用事があったんだった!」
 忘れてた!と言って、「またね、涼太!九々生先輩!」と言って走って行く親友のに涼太は手を振る。
「……二人とも元気ですね」
「……」
「先輩?」
「あ、あぁ!そうだな」
 そうにこやかに笑う恋人に涼太は首を傾げた。
 何かあったのだろうかと思い、「どうかしたんですか…?」と不安げに尋ねる。
「いや……その、大した事じゃないんだ」
「でも」
「……本当に涼太が気にするようなことじゃないよ」
「その、それでも知りたいって言ったら駄目ですか…?」
 上目遣いに尋ねられて、紅二郎は言葉を詰まらせる。
「……その、呆れないで欲しいんだが」
「呆れたりしないです!」
 真っ直ぐなその瞳に見つめられて、紅二郎は少しだけ安心した。
「一条が羨ましいと思って……」
「……え?」
「……」
 照れた事を隠すように紅二郎がそっと頬をかく。
 その様子に涼太は言った意味を理解して頬に熱を帯びる気がした。
「あの」
「うん?」
「もしよければ……その、ここ空いてますけど」
「え?」
 そう言って、思い切りバンバンと音をさせて自分の膝を涼太が叩く。
「……」
「寝心地は凄い悪いかもしれませんけど……でも、その……先輩さえよければ……」
 今にも消えそうなその声に、むしろ紅二郎は愛しさを募らせた。
「涼太」
「って、あはは……」
「申し訳ないけど、ここだとちょっと」
「そ、そうですよね!やだなぁ……」
「だから」
 そう言ってそっと耳元に口を近づける。
「俺の部屋に来て、してくれる?」
 そう尋ねれば、涼太が顔を真っ赤にさせて首を上下に動かす。
 恥ずかしそうに微笑むその様子に笑みが零れた。



 

 なんか書きたいものがあって書いた話だったんですが、なんで書いたのか忘れてしまった内容……いや、でも何書きたかったんでしたっけ……
 橘→涼はもっと丁寧にそのうち書いてあげたい