「お帰りなさい、九々生先輩!!」
ドタバタと足音を立てて走ってくる恋人に、表情を緩めた。
「ただいま、涼太」
「どうでした?勝ちました!?結翔と一条も待ってますよ!」
尻尾があればぶんぶん振っているのではないかと言うほど嬉しそうにする涼太に、紅二郎の隣にいた教師も笑った。
「あ、先生もお帰りなさい!」
そう言えば、共鳴者である教師はそっと涼太の頭を撫でた。
「わぁ!先生……え、お土産?」
そう言って、涼太は分厚い封筒を渡された。
「先生、クルーズに購買なんてありましたか……?」
そう尋ねるとごまかすように笑われた。
疲れたから休むね、と言われ、とりあえず涼太は封筒を大事に手にして、「行きましょう」と笑って涼太に手を引かれた。
紅二郎の部屋に集まり、二人にも勝った事を伝えれば三人とも嬉しそうにして、「いつ旅行に行こうか」「何処に行こうか」「先輩お疲れ様」など紅二郎の一番欲しかったものが与えられる。
ワイワイと騒いだ後、そろそろ解散しようかと各々が立ち上がる。
涼太としては、もう少し恋人と一緒にいたかったが、二日間慣れないところに行って疲れただろう。
そう思って、立ち上がって、二人の後を追おうとする。
すると、
「そういえば、涼太」
「は、はい、どうしましたか先輩」
紅二郎に声を掛けられて振り向く。
「その封筒、結局なんなのか気になって……」
「え?あ、先生がくれたやつですね!」
「涼太が貰ったものだから失礼だとは解ってるんだが……あの船でそんなお土産屋なんてなかったからな」
「さっきもそう言ってましたね……なんでしょう?」
その言葉を涼太は疑う事は無かった。
それに、もう少しだけ正直先輩と一緒にいたい、と思い、先ほど座っていた位置よりも近づいて紅二郎の横に座る。
補習中、ずっと紅二郎の事を気になっていたのだ。
きっとカジノで戦う先輩は格好良いに違いない、もっと勉強を頑張れば実際にみられたのに、と先ほどの話を聞いて少しだけ後悔した。
最初は負けてばかりいたとか、先生に言われて元気が出たとか、最後はなんとか勝てたとか、そんな彼から聞く声はとても穏やかでずっと聞いていたいけれども、実際の話はもっとワクワクするものだったに違いない。
そう思いながら涼太は、先生は何をくれたんだろうかと涼太は封筒の中身を取り出した。
「いっ!?」
「……」
数枚の写真。
おそらくは先生は涼太が一人でひっそりとみる事を想定していたのだろう。
写真の中には正装服の紅二郎がいて、色鮮やかな世界の中にいた。
これが先ほど紅二郎が教えてくれたカジノクルーズだというのは間違いない。
「……えっと、涼太…」
どこで紅二郎は、そういえば先生がカメラを片手に何枚か写真を撮らせて欲しいと言っていた事を思い出す。
ポーカーでボロ負けしている自分や、デッキで先生と話している時の自分、最後のルーレットでジャッファールと戦っている時の自分。
それ以外にも他の人間がメインになってる写真もあった事もあり、おそらくは全員の写真を撮って歩いたのだろう。
涼太が何も言わないので、紅二郎は余程似合っていなかったのだろうか、と思って顔をのぞき込むと、
「……涼太?」
「……っ」
これ以上ないほど顔を真っ赤にして、写真の中の紅二郎を見つめている涼太がいた。
「涼太」
その様子が可愛らしかったけれども、写真の自分相手だというのに恋人が奪われるのはなんだか悔しくて、耳元で名前を呼んで抱き寄せる。
「っ!せ、先輩!?」
「似合ってなかったか?」
否定されるのが解っていて、尋ねると涼太は首をぶんぶんと振った。
「そんなことないです!むしろ、その……」
「その?」
「せ、世界一格好良いです……」
徐々に小さくなる声に意地悪く、明宮蒼一郎よりも?と聞き返したくなるが、兄と比べられても嬉しくないし、涼太が困るだろうから辞めておく。
代わりに、
「いつもの俺じゃ駄目かな」
と困ったように言うと、「先輩はいつでも一番です!」と慌ててそう口にする。
その様子が心底可愛くてたまらない。
「でも……」
「うん?」
「先輩がこの格好してる姿、直接やっぱりみたかったです」
「そんなに気に入ったのか?」
「だって、格好良い先輩が、格好良い服着てるから……」
そう真っ赤にしながら口にする恋人。
自分は本当に運がない。
宝くじを買って当たったことはないし、
福引きの景品はいつもポケットティッシュで、欲しかったものは目の前で売り切れてしまう程の運のなさで、
実際ポーカーやスロットでも散々な結果だった。
それでも、全部それらが駄目でも、目の前の子を手に入れられたのだから、幸運はなくても、幸福だ。
「それじゃあ、今度そういう格好になる事があった時には必ず涼太が傍にいてくれよ」
「……っ!はい!!」
まぁ、絶対にギャンブルは二度とやらないけれど。
「ところで涼太」
「はい?」
「その写真なんだが……」
出来れば恥ずかしいので渡して欲しい。せめて処分してくれないだろうか。
そう一縷の望みにかけて頼もうとすると涼太はすでに解っていたのか写真を胸元に引き寄せる。
「だ、駄目ですよ!俺のですからね!」
「だけど、恥ずかしいんだが……」
どうにか許して貰えないか、と思うものの、涼太は強く主張する。
「駄目です!これは俺の部屋に飾るんです!」
「……あ……そ、そうか…」
そう言って大事に写真を抱きしめる恋人にそれ以上紅二郎は言えなかった。
「そんなにいいものでもないだろうに」
「……え、先輩は世界一格好良いですよ?」
自分に自信がないのに、そう自分の世界一可愛い恋人はそう言ってくれる。
夕焼けの瞳が上目遣いでそう言えば何もそれ以上言えない。
だから、紅二郎は観念して折れるしかなかった。
苦笑してそっと唇に触れれば、膝に写真を置いて、自分の背中に手を回してくれる。
自分は恥ずかしかったけれども、きっと涼太の正装は可愛いだろうし自分も見たい。
その時には彼の望み通り、自分もまた正装して二人で並んで写真を撮るのもいいかもしれない。
そんな風にまた未来へと思いを巡らせて、互いに見つめ合って微笑んだ。