遠野涼太という人物は、良くも悪くも注目される子だった。
初任務で最短記録の結晶化。
年下の女から告白されたというラブレター騒動。
順狂わせの準優勝。
そして、
「遠野涼太が、巳神刀真に告白して振られたらしい」
そんな誠しなやかな噂が流れた。
幾らなんでも図々しいだの、烏滸がましいだの、勇気があるだの、ひそひそと話されるその言葉。
遠巻きに言われるその言葉は、刀真の姿を見ると皆黙る。
「……なんだ、騒々しい」
「あ、巳神先輩」
「なんだこれ」
事情を説明してほしくて、太郎に声を掛けると、言いづらそうに、けれどもいつものように調子に乗った声で伝えた。
「聞きましたよ!あのリュンクスのソードに告白されて振ってやったって!」
「……?」
だが、いつもならスラスラと出る言葉もそこから先は言わなかった。
というのも、太郎はオリオンのメンバーが大切で特別だったが、それでも別の、それこそクラスメイトのことを特別思ってないわけじゃない。
それこそ、遠野涼太はなんだかんだで自分の話を聞いてくれる友人だった。実際に口に出したことはないがそれなりに気に入ってる。
だから、それ以上言えなかった。
だが、周囲が驚く事になるのはここから先だった。
「その噂は間違ってる」
「え!?あ、そ、そうですよね!勿論です、ちゃんとわかって…」
「振られたのは遠野ではない」
「…え?」
その言葉に周囲が耳を立てた。
刀真の低い声が一つの真実を告げる。
「遠野に振られたのは俺のほうだ」
いつからだろうか。
初めて会ったときからか。
あるいは火野との勝負の時か。
リュンクスと星鳴戦で戦った時か。
明宮蒼一郎のことで吹っ切れない自分にたいして、彼が一歩進む姿を見せてくれた時か。
それこそ、刀真が涼太に惹かれる瞬間など幾らでもあった。
けれど、周囲は知らない。
涼太が刀真に惹かれる瞬間なんて一つもなかったということに。
だから、勝手な、それこそ周囲の思い込みで真実が歪められたのだろう。
初めて会った時は、ただ眩しかっただけの夕焼け色の双眸はいつから、あんなに穏やかで優しい真差しになったのだろうか。
もっと早くに自分が彼に会っていたら、と仮定してみるも、おそらくどう足掻いてもこの恋が実らなかっただろう事は刀真は自分で理解していた。
遅かったのだ、というよりは、運命ではなかった。という方がしっくりくる。
だって、どうしても気づいてしまう。
それこそ、元気いっぱいな涼太が、彼の前では少しだけ特別な笑顔を見せた。あれが欲しいと思ったところで、手の届かないものだった。
初めから自分のけじめを着けるための告白だったのだ。
それでも、思いを吹っ切れなくて、最後に抱きしめさせて貰った。
最後にこれくらいはいいだろうと思って。
『ごめんなさい、俺、』
―――いっそ、手の届かないほど遠くまで、世界一幸せになるほどになってくれたらいい。
『ずっとずっと―――』
「ねぇ、涼太どうして教えてくれなかったの?」
ねぇねぇ、と拗ねたように言う結翔に、困ったように「こういうのって言いふらすものじゃないだろ……」と涼太は口にする。
「まぁ、正論ですね」
「だろ?」
「とはいえ、学校で茅場さんに八つ当たりされたんですが……」
「えぇ!?ご、ごめんな、一条……」
「いえ、いいんですよ。最初の噂通り遠野さんが振られたという話だったらともかく、遠野さんは悪くなかったんですし」
朝学校に行けば、周囲に『一条くんのところの先輩、巳神先輩に告白したんだって?』『勇気あるよね~』などと言われて、心底キレそうになったが、昼休み頃からその噂はデマだと流れ、それどころか真相は逆だったと知った。
寮で本人に聞けば、本当の事だったらしく、昨日の夕方告白されたという話だった。
だが、逆に、あの明宮蒼一郎に認められるだけの才能と、学園一のソードという立場の彼を振ったのか、ということは周囲も知りたいらしくて、こんなことは学食で聞けないし、結局寮でこうして紅二郎の部屋に集まって聞いているわけだが。
「すいません、こんなことになっちゃって……」
「いや……学校に行って最初は驚いたけど、巳神が訂正してくれたし」
その笑顔に、ああ、この人の困った顔が一番見たくなったのにと涼太は思ってしまう。
噂の真実を確かめる為に、紅二郎に呼ばれた涼太の後を追って知りたかった結翔と橘がやってきて、真実を語り始めた。
昨日、自主訓練していると、同じように訓練している刀真に会った事。二人でそのまま一緒にスピカ寮に戻る途中、告白されて、断ったということ。
「もうすぐ、卒業だし、ソード同士だと卒業後はお互いプロのセプターになっても会えないかもしれないからって」
「まぁ、確かにそれもそうですね」
「でも振っちゃったんだよね?」
「まぁ……」
「どうして?」
「どうしてって……」
そう言われて、涼太は少しだけ戸惑う。
ミハシラ攻略少し前、自覚した感情は誰にも話した事がなかったからだ。
始まりはいつからだったんだろう。
巳神はいつから解らないが、お前の事が好きだと言ってくれた。
でも、きっと巳神が自分を好きになってくれたよりも前から自分には想ってた人がいた。
憧れの人が本当の兄だと言って、過去を話してくれた時。
喧嘩で貯まっていたものを吐き出すように殴られた時。
星鳴戦で幾つもの戦略を巡らせていた姿。
自分がイップスで流星器を出せなくなった時助けてくれたこと。
困った時はいつでも優しくて、でも本当はそれだけじゃないと知った夜も、彼が抱えてる弱さも、いつも支えてくれたその強さも全部、好きだと自覚して、
初めて会った、廊下での笑顔を思い出して、ああ、もしかしたらあの時にはもう好きだったのかもしれないと思った。
「……みんなと一緒にいる方が、楽しいし……」
届かない恋だと解っていても、それでも棄てられない感情がある。
『ずっとずっと前から、九々生先輩のことが好きなんです』
「それに、この4人で、九々生先輩と一緒にいたかったから」
そう言えば、涼太の好きな人が笑ってくれた。それで良かった。
彼の、卒業まで、あの数ヶ月の出来事だった。