シルバーリング

 誰かを真似してしまうけれど、それでも思いは嘘じゃなかった。

 ――――――とにかく、有名になりたかった。
 宝石ヶ丘に入学した動機はただそれだけ。見返したかった。有名になって、変わったんだと。お前達にいじめられてた浮間志朗なんかじゃない、そう言いたかった。
 後ろめたくて、恐くて、辛くて、真っ暗な暗闇の中、本気で頑張ってる人ばかりで、中学二年で転入してきた自分にとって同級生の輝崎千紘や雅野椿は近寄りがたい存在だった。
 今でも友人、と心の底から言っていいのか解らない。
 志朗にとって千紘は『王』であり、椿は『姫』だった。そこに尊敬の念こそあれ、友情があったかどうかは自分でも解らない。
 不順だと解っていたし、撃たれ弱くてどうしようもなかった。
 もう少しだけ自分に勇気があれば、きっと上手くやれたんだと思う。炎上事件は自分の無知さもあるし、ファンが過激だったのもあるかもしれない。
 それでも中学生だからという理由で仕事をドタキャンしていい理由にはならないし、逃げ出していい理由にはならない。自分には隙があり、甘さがあった。その事を今ならよくわかる。
 逃げて逃げて逃げて、消えてしまいたいと思って、もう二度とその手を握れないと何度も思った。でも、それでも手を握ってぬくもりを与え続けてくれた人がいた。


  「―――志朗が好きだよ!」


 太陽みたいと宙は言うけれども、自分は違うと思う。自分は月だ。志朗という字の中に「月」が入ってる理由がわかる。自分は太陽が、宙がいなければ輝けないのだ。
 笑って皆に愛想良く振る舞えるのだって宙がいるから。宙がいなければきっと笑う事だって出来ない。でも、それでいい。だって月は、宙が大好きな竹取物語の舞台でもあるから。
 ずっと彼と一緒にいたい。卒業してからも、そう上手く言えなくて、卒業が近づいた頃、後輩が指につけているものに目が入った。
「それ、指輪?」
「っ…浮間先輩、内緒にして下さいね!」
「それは別にいいけど、それ自分のモチーフ宝石じゃないよね?」
 談話室で話す二人の指にあったキラキラと輝く宝石。宝石ヶ丘は入学してそれなりの成績を出すとそれぞれモチーフ宝石が送られる。
 いまは卒業した先輩が宙と自分に「よく似合ってる」と言ってくれた自慢の宝石だった。
「…シローくん、これはね~」
 そう言って、耳打ちするように後輩に教えて貰う話に、志朗は目を見開いた。そして、慌てて宝石店へと駆け込んだ。  

「宙!」
「志朗、どうかしたの?」
 誰かを真似だけど、それでも、否だからこそ、それにあやかって自分も未だ来ない時間すらも一緒に過ごしたいと願った。
「あ、あの…!」
 慌てて扉を開いた志朗の様子に宙は目を見開いた。
 初めて会った時から変わらないその美しいムーンストーンの眸。本当に宙に似合うと思う。
 けれど、志朗が彼にこれから送るのは別の石だ。
「こ、これ、宙に…!」
「…指輪?…これって―――」
 フローライトがはめ込まれた指輪。後輩から聞いた。
 去年まで男子しかいなかったけれど、それでも恋人同士がいないわけじゃない。古くから、生徒のイメージに合わせた宝石が与えられるこの学校だからこその習慣だろう。
 卒業してからも一緒にいられるように、世間に出ても恋人でいることを約束するかのように、そして相手が自分のものであるとあたかもマーキングするかのように、自分のモチーフとなった宝石がはめ込まれた宝石を贈る。
 それを受け取って貰えればずっと一緒にいられるのだと、そう後輩から聞いた。
 志朗は聞いた瞬間、宙に渡さなければならないと思った。そして、言わなければならないと思った。
「……あの、さ、オレ、こんなんだけど、本当の本当に宙の事が好きだから…」
「……」
「だから、宙さえよければずっと一緒にいたいし……オレ、頑張る、から…だから…」
 自分自身に「言え、ちゃんと口にしろ!」と志朗は叱咤する。


「だから!!ずっと!!オレ…と…一緒にいてください……」   


 勢いを込めて、けれど最後は弱々しい小声になってしまって恥ずかしいと思いながら、志朗は指輪の入った箱を宙に差し出した。
「……」
 それに対して、宙は――――――
「…志朗」
「……っ」
 そっと袖を捲り、志朗に左手を差し出した。
「はい」
「……宙?」
「その指輪」
「……」
「志朗が嵌めてくれなきゃ意味ないよ」
 そうふわりと微笑んだ宙の言葉に、志朗は頬を真っ赤に染めた。
「……」
 箱をテーブルに置いてから指輪を取り出し、宙はおそるおそるそっと宙の手に触れた。そして、左手の薬指にぴたりと嵌まったフローライトがキラキラと輝く。
「……ふふ、なんだか志朗のモノって言われてるみたい」
「…っ!!」
 その言葉にパクパクと口を動かす志朗を見て宙は面白い顔だなぁ、と思う。
「……俺もね、ずっと言おうと思ってた」
「……」
「卒業してからも一緒にいたいってちゃんと言った事なかったから…って…志朗?」
 そう言って未来のことを話そうとする宙に対して、志朗は顔を手で覆い、その場でへたり込んでしまう。
「……志朗?」
「ごめん、ちょっと…キャパオーバーっていうか…」
「……」
「うぅ……」
「……久々に一緒にお風呂に入って寝る?」
「もう、人を煽るの辞めて!!」
「…もう、本気なのになぁ」
 そうクスクスと楽しげに笑う宙を恨めしそうに志朗は見つめる。
「志朗」
「……」
 その様子にきっと永遠に目の前の人には適わない、ずっと好きなんだろうなと志朗は思う。
「大好きだよ」
「……うん」
「ずっと、一緒にいようね」
 そう言って伸ばされた左手に自分の右手を志朗は重ねた。


「……うんっ」
 そう言って、志朗は立ち上がり宙と見つめ合い、そして――――――


 二人はそのまま脱衣室へと向かい、宙の言うとおり久々にお風呂に入るのだった。