サクラキミニエム

 実は一目惚れだったんだ、と言ったら笑うだろうか。



「将来有望そうな中学生を、今から目星つけておきたいんだけど……」
 自分でも何をしているのだろうとは思う。
 そんなことをしてまで親の愛が欲しいのか、と自分でも思う。
 後になればどうしようもない事をしていると解っているけれどもそれでもその時の自分は欲しくてたまらなかったのだ。
 前は護に『鳥羽も中学生の元気なパワーをもらいに来たんだね』などと言われてしまい、あれよあれよという間に失敗してしまったので今度は入念な下調べをしてから、と思っていた。
 噂に聞くのは輝崎千紘が可愛がっている吉條七緒だが、中等部から上がってきた千紘や椿、志朗、宙の実力を見るに今いる中等部組だってそれなりに実力があると考えるのが普通だ。
「なぁ、ミヤ」
「何、霞」
 同室になった椿は人にも自分にも厳しくてどこか人に寄せ付けないところがあったが、深く人と付き合いたくない霞にはちょうど良い人間でもあった。
「中等部からの持ち上がりってミヤみたいに実力あるやつばっかりなの?」
「はぁ?見れば解るでしょ」
「……だよな」
 内部進学、といえば聞こえがいいが、実際は宝石ヶ丘の内部進学は蹴落としあいだ。
 中等部に属しているからと言って高等部に上がってこれるわけじゃない。
 入試よりも厳しい審査と技術が必要、つまりは三年間で『入試組よりも上まで到達出来ないような人間はいらない』ということだ。
「なに、突然そんなわかりきった事を聞くだなんて」
「いや、ミヤや輝崎みたいに上手い奴って今の中等部だとどれくらいいるんだろうって」
「……オレや千紘くらいうまい奴はそんないないよ。進学組だって他は志朗と辺見くらいだし」
「……だよな」
 その事実だけでどれだけの倍率なのか解る。
「まぁ、今残ってるやつで上手いのなんてナナと央太くらいでしょ、後は冠くらいかな」
「…央太?」
 ナナ、というのは吉條七緒だということはすぐに解った。
 けれど、央太という名前は初めて聞く名前だった。
 ましてや椿が褒める実力があるという事に興味が湧いた。
「オレと同じ事務所、でオレに何でか懐いてるんだよね」
「……へぇ」
 しかも椿に懐いてるときた。
 皇帝に懐いてるの吉條七緒の実力はすでに誰もが知っている。
 ならば、姫に懐いているその『央太』の実力が知りたかった。
「……なに、央太に興味があるの」
「いやー、そりゃミヤが褒めるくらいのやつだし、興味あるでしょ」
「……ぶっちゃけ凄いよ」
「そんなに?」
「本人はそうは思わないけど、オレ個人としてはナナよりも上だって思ってる」
「……」
 意外だと思った。
 そんなに、椿が褒める事が。 「……あいつはね、一度でそれなりの実力を叩き出すの。監督の言った通りにやるからまだまだ荒削りだけど、自分で答えをだして演じられるようになったら絶対に上に行く」
「……ふーん」
「ま、興味あるとしても会うのは来年だろうけどね」
「……」
 その言葉に、近々見に行ってみるか、と霞は心に決めた。
 央太。
「って、どうでもいい話しちゃった。お休み」
「おやすみ」
 そう言って、ベッドで横になる椿の姿を見て、名字を聞くのを忘れた、と思いながらもまぁいいか、と霞も眠りについた。


   桜が舞う連絡路を歩きながら、央太は相棒を探していた。
「むむ、ななお、まよった!」
 央太は教師からの頼まれモノで高等部へと七緒と向かう事になった。
 なった、というのは一緒に来る筈だった七緒が行方不明になったからである。
「ななおの方向音痴、舐めてたよ~」
 本来ならば、央太一人…というかどうしても難しそうならば嵐真と行くつもりだったのだが、七緒が「高等部くらいオレだって大丈夫だし!」という言葉を信じたのが馬鹿だった。
 二人で「終わったらちょっとだけミヤくんとちひろせんぱいのところじゃあ寄ろ!」だなんて言わなければ良かった。
 はぁ、とため息を吐きながら央太はとりあえずと教師の下へと向かおうとする。
 しかし…
「……ぐふっ……お腹が空いてしまったのです…」
 腹ぺこゲージが上昇し、央太はその場でしゃがみ込んでしまった。
 どうしよう。
 そう思ってると、
「……あれ、中等部の学生?」
 知らない優しい声がした。
「……え?」
 顔を上げると、どこにでもいそうな、けれど綺麗なゴールドトパーズをした人がいた。
 その人は央太の顔を何故か凝視したが、すぐに我に戻り状況を尋ねてくれた。
「……迷った?」
 暖かな、でもどこか寂しそうな瞳をしたその目に央太は目が離せなくなった。
「……えっと」
 お腹すいちゃって、と言おうとする前にぐぅううううううううううと大きな音がした。
「……お腹すいてるの?」
「はい、腹ぺこです!!」
「……」
「?」
 素直にそう言うと、何故かその人は驚いた顔をした。
 どうしたんだろう、と思ってると、
「あぁ、悪い。もしよければこれ」
「わぁ!焼きそばパンだ~!!」
「これでよければ……って、食べるの早っ!」
 むしゃむしゃとすぐ食べるとその人はくるくると表情を変える。
 でも、どこかやっぱり寂しそうだなと央太は思った。
 心の底から笑ってない、笑おうとしてるけど上手く出来ない。
 自分でモブをどこか演じようとしている、そんな雰囲気が彼にはあった。
「……ありがとうございます!えーっと……」
「うん?」
「君、なんてお名前?」
「ああ、霞。鳥羽霞」
「かすみくん!」
「って、そこは先輩じゃないんかい!」
「うーん、だって、かすみくんは~かすみくんって感じだから!」
「…なんだそりゃ」
「……えへへ」
 その姿に央太は胸がとくんと一つ鳴ったのが解った。
 自分の頬に熱が集まるのを感じる。
「で、君は?」
「うん?」
「名前」
「ああ、そういえば名乗ってなかったね!」
 そう言って、央太は立ち上がった
。  桜がひらひらと舞う。
 央太が微笑んだ。


「オレの名前は、橘央太!」


 央太はこの日を忘れない。
 霞と会ったこの桜笑む日。
 初めて、この人の為なら何をかけても、世界を敵に回してもいいと思える人に出会った、春の日のことを。


 あれから色々あって、まるで奇跡のように央太の思いは通じて、そして二人は一緒にいる
「かすみくん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうな、央太」
 嬉しそうに笑う霞に「かすみくん、何が他に欲しい?」と尋ねる。
「別に特にないって」
「え~、でも何かあるでしょ!」
「……」
「ほら!遠慮なく言ってみて!!」
「本当に何もいいって」
「ええ~欲がない~」
 ぶぅ、と頬を膨らませる央太に霞が目を細めていた。




 桜が舞う中、誰かが蹲ってるのが見えた。
 気まぐれで声をかけて、顔をあげたその子が思いがけず、綺麗な顔をしていて、一瞬見惚れた。
 慌てて声をかけて、持っていた焼きそばパンを渡して嬉しそうに頬張るその顔に心臓が高鳴った。
 大きく返事するその声が綺麗で、霞はその存在から目を離せなくなった。
 自分と同じくらいのその身長。
 綺麗なキャッツアイがただ自分を無垢に映し出していた。
 声を聞いた瞬間、綺麗な声だと思った。
 そして名前を聞いた瞬間、ああ、この子がミヤの言ってた子なのかと納得した。

 けれどそれ以上に、一瞬で全てを奪われたかのように心臓を鷲掴みされたかのように苦しくて鼓動が早まった。 
 手に入らないと解っていたけれど焦がれた。
 その存在が欲しいと、頭が囁いた。
 瞬きをしても消えないその笑顔に、その存在の他に何もいらないと言える程に沢山のモノを目の前の子が与えてくれた。
 きっと素直に言ったところで「もっとほしがってもいいのに」と笑われるだろうけれど、これ以上無いほど貰ってる。
 だいすき、と言われるたび、おめでとうと言われるたびに、親にすら必要とされなかった自分に『ここにいていいんだよ』と、『大好きだよ』と言って救われてるだなんて、きっと央太はしらない。
 実は一目惚れだったんだ、と言ったら笑うだろうか。