シンビジウムを見た時、かすみくんに似ていると思った。
「央太、それが気になるの~?」
「おはしせんぱい、これなに?」
「これはね~シンビジウムって言うんだよ」
「しんびじうむ…」
野生ではない、植木鉢にあった蘭の花。
何だろうかとじっと見つめて聞いて見るとそう言われた。
「すごーく人気なんだよ~」
「…」
「でもね、花をつけるのがすごーく難しいんだぁ」
説明してくれる杏の声に央太はまたもや想い人を思い出した。
否、恋人、なのかもしれない。
「…」
かすみくんに好きだと言われた。
かすみくんにキスをされた。
そう自分で目をつむって確かめる。
けれど、央太は知っている。
霞は、自分を置いていける人間なのだと。
どんなに自分が思っても、彼はそういう人だと解っていた。
どうしたらいい?
どうしたら、かすみくんは、ずっとオレの傍にいてくれるの?
考えても答えなど出る筈がない。
元々、央太からしてみれば霞は自分が好きだと勘違いしてるだけなんじゃないかと少し疑ってる。
椿に頼まれごとをすると「自分が世界の中心だと思うな」と言いながらも言うことを聞くし、
鈴が困っていると「どうかしたのか?」と気づいて目を合わせる。
蓮が暴走しそうになると「蓮さん、落ち着いて」と言って止めるし、
メンバーだけじゃなく、霞の親友といってもいい蛍や部活のメンバーの杏、気が合う護など霞を大好きな人は沢山いることを知っている。
霞は人気ものだ。
その事を気づかずに、シンビジウムのように花を咲かせる事は難しくてもいつかは、きっと咲くのだろう。
その時、自分は笑っていられるだろうか。
彼の隣にいられるだろうか。
「……央太~?どうかしたの~?悲しい?」
「だいじょうぶ、です!」
「そう?でも…」
「オレ、元気です!」
「…ならいいけど」
「うん!」
ああ、嫌だなぁ。
悲しいも、辛いも、苦しいも全部、棄てられたらいいのに。
付き合って、とは一言も言わなかった。
「ずっと、俺と一緒にいて」
行かないでと言われて、言えなかった応え。
ずっと一緒にいるよ、じゃなくて、もうドコにも行かないとかじゃなく、乞われたかじゃなく、自分の意思で好きな子と一緒にいたいと願った。
緑のキャッツアイから涙がこぼれて、笑って頷いてくれた。
口にするのは少しだけ恥ずかしいがこれは付き合ってる、と言っても良いと思う。
けれど、問題があった。
霞自身も正直意外だった自分の一面。
「央太、最近忙しそうだな」
「そうなんだよ~今日はあおやなぎせんぱいにななおと一緒に囲碁を教わる予定なのです!」
「…あ、部活なのか」
「そうなんだよ~かすみくんも良ければ入って~!!」
「おいおい、オレは美術部だっての」
「うん、知ってる~」
「……」
「明日はね、ミーちゃんとななおとらんまと四人で練習するんだ~一年で劇やるんだよ、かすみくんも本番、見に来てね!」
「ああ、見に行くよ」
「やったー!!」
嬉しそうに笑いながら色んな人間の名前を言う央太の様子に胸が痛む。
付き合い始めてからというものこんな感じだ。
霞は自分がこんなに自分が独占欲が強くて嫉妬深い人間だなんて思わなかった。
央太の事になると普通じゃいられなくなる。
そして、思うのだ。
央太が自分が好きでいてくれるというのは疑ってない。
けれど、
央太は一体自分のドコがいいんだ?
と悩んでしまう。
身長は央太よりも下。
顔だって人並み。
演技は器用貧乏。
すぐ央太のことを怒るし、優しくもない、なのに、央太は言った。
『オレ、はじめて会った時から、ずっとかすみくんのこと、いちばん、大好きだったんだよ』
一体どうしてだろうか。
解らない。解れば、自分は央太に愛されているという自信が持てるんだろうか。
こんな、重い感情誰かに持つ予定なんてなかったのだ、自分じゃないみたいだと霞は自分の感情を持て余していた。
「かすみくん、元気ない?」
「え」
じっと隣に座っていた央太が大きな猫目を向けて尋ねてくる。
「そんなことないよ」
笑うと、「本当?」とじっと見つめられる。
「本当だって」
元気がないわけじゃないしこれは嘘ではない。
「…ならいいんだけど」
そう言って、椿のいないL棟307号室で二人しかいない事を知ってる筈なのにキョロキョロと周囲を見回し、改めて誰もいないことを確認する。
それから、そっと霞の唇に央太は自分のものを重ねた。
「えへへ」
たった五秒ほどの軽い口づけ。それだけで央太はとても嬉しそうな顔をする。それだけで幸せな筈なのに、あの日、告白した時のキスとは違い、霞の心は満たされなかった。
こんなにも心臓は脈をうち、熱くなっているというのに。
もっと欲しいと、頭が自分に命じる。
「央太」
「かすみくん?」
手を重ねて、じっと見つめ合う。
きょとんと目を丸くして央太は霞を見つめていた。
霞は央太の唇に目を向ける。
男同士ではあるが、役者だけあって手入れされたその唇の柔らかさを知っている。もっとむさぼりたい、深く繋がりたい、と自分の中にいる何かが囁く。
耳を貸してはいけないと理解しているのにどうしても抗えない。
もっと、
そう心が告げた瞬間だった。
「ただいま~」
同室の椿の声が聞こえた。
「あ」
何故か一瞬、央太の双眸が揺れる。
「おかえり、ミヤくん」
笑う央太に「央太来てたの」と口にする。
「鈴が探してたよ、そろそろ点呼でしょ」
「あ、本当だ~」
そう言って央太は立ち上がる。
「それじゃ、橘央太、かえりまーす」
「はいはい、おやすみ」
「おやすみ、かすみくん、ミヤくん!」
ぶんぶんと手を振って央太は307号室を後にする。
「あの調子で一色先輩に怒られなきゃいいんだけど……霞?」
「え?」
「何ぼーとしてるの」
「あ、あぁ……疲れたのかな」
「央太の面倒で?」
「そういうわけじゃないけど……」
違う。
否、そうなのだろうか。
自答自問するけれども答えられない。
央太を目の前にすると自分がコントロール出来ない。
全て諦めた筈だった。
両親に愛されたくて、期待されたくて、それでも無理だったから。
両親が愛したのは妹で、自分はただの道具。
実家から追い出された自分を必死に追いかけようとしてくれたのは央太と仲間達。
本当ならばこれ以上求めるものなんてない。
好きだと言ってくれて、それだけで満足なのに、央太に、それ以上のなにかを自分はきっと求めてる。
何を求めるというのだろうか。央太は自分を好きだとあんなに言ってくれているというのに。
頭がおかしくなる。
これが、恋だというのならば、余りにも凶悪で酷すぎた。
目がさめると今日は実家に帰るから帰りは明日の夜にあるという書き置きがあった。
ぼーっとする頭で「そうか」と理解しながら霞は適当に服を着替え、食堂へと行けば朝から胸焼けがするような八段のパンケーキを目の前にしてフォークを遊ばせる央太がいた。
霞に気づくと央太は口元を綻ばせた。
「かすみくん、おはよ?」
にこにこと笑う央太に「おはよう」と口にした。
霞が寝ぼけているせいか、トーストに上手くバターを塗れず、ナイフを落としそうになると、「オレがやってあげる?」と央太が言った。
「え?」
「かすみくん、かして」
「あ、ああ」
寝ぼけてるせいか素直に央太に対して素直にトーストを渡す。
そして、ふふふ?んと鼻歌を歌いながら霞のトーストにバターとジャムを塗りたくる。
そして、
「かすみくん、はい、あーん」
「え」
「はい、あーん」
プールで仕事をした時のように央太が霞の口元まで食べ物を持って行く。
「……」
恥ずかしいから辞めろといつもなら言うが、霞はおずおずと口を開いて切り分けられたトーストを口に含む。
それを見てまた央太が嬉しそうにほほえむ。
それだけでなんだか霞は心が温かくなる。
「ありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
お礼に頭をなでると央太は瞳を細めた。
その様子を見て霞は、今食堂にだれも知り合いがいない為、声をかけられず誰にも邪魔されないこの状況に悦びを見いだしているゆがんだ自分がいることに気づいた。
「央太」
「うん?」
央太が四枚目のパンケーキを頬張り終わったと同時に声をかける。
「一緒にでかけるか」
人がいるためさすがにデートとは言えなかったが、それでも言いたいことは伝わったのか央太はただでさえ大きいその瞳を大きくさせた。
「行く!!」
「あはは、何処か行きたいところあるか?」
「うーんとね……おいしいごはんがあるところがいいです!」
「はは、おまえは本当にそればっかだなぁ」
霞はどうするかなぁと想いながら、央太の嬉しそうな顔を見つめる。
「そういえば、央太が見たいって言ってた映画、始まったんじゃないか」
「本当?」
「行ってみるか」
「行ってみたいです!」
「で、帰りになんか美味しいものでも食べるか」
「食べますっ!」
「それじゃあ、一時間後に迎えに行く」
「うんっ」
ぱくぱくと食べる央太は心なしか先ほどよりも楽しそうに見えた。
食べ終わると、央太は「それじゃあ、後で!」と言って、2階のフロアにつくと、3階の階段へ上っていく霞に大きく手を振って走っていく。
クローゼットを開いて、それほどない洋服にもっとちゃんと買っておけば良かったと想いながらも霞は出かける時の服へと変える。
霞は髪の毛をセットしてから204号室へと向かう。
「央太?」
「はいは~い!」
ノックをすると央太が嬉しそうに扉を開いた。
「みてみてかすみくん、新しい服!」
ぐるりと回って霞に央太は新しい服を見せる。
その様子にかわいい、と霞はつい思ったが慌てて、頭の中の自分が「いやいや、それはさすがに恥ずかしいだろ」と言おうとする自分を窘める。
「似合う?」
「ああ、よく似合ってるよ」
「わーい!」
もっと、ほめて?と言う央太に「はいはい」と返事をして頭をなでてやる。
そして、霞は央太の手を握り、町へと向かう。
内心、「これはまたはぐれられたら困る」という言い訳して歩き出した。
宝石が丘に最も近い映画館へと向かう。
「かすみくんかすみくん、ポップコーン買っていこうよ!塩とキャラメル!!」
「どっちも食べるのかよ」
「どっちもたべます!」
「自信満々に言うな!」
ったく仕方ないなと笑っていると
「鳥羽」
知ってる声が霞と央太に聞こえた。
「あれ、ちひろせんぱいにななお」
「橘も一緒なのか」
「そうだよ」
「二人も映画見にきたんですか?」
「そうそうって言っても蛍先輩とかモモくんとか葵先輩もだけど」
「そうなんだ」
prid'sは仲良いな、と思っていると「そういえば、橘はこの映画の監督好きだったな」と霞の知らない情報が聞こえてきた。
「え、そうだっけ??」
「そうだよ、ナナと三人で一緒に映画見に行ったことあるだろ」
「あ、そういえばななおと映画見にいこうと思ったら格好良い人を連れてきたな?って時があった」
あのときだっけ、と何でもないように口にする央太の言葉に胸が苦しい。
「ナナが叫んでいるのにおまえ、隣でぱくぱくとポップコーン食べてたよなぁ」
くすくすと笑う千紘とは正反対に霞の気分は低下していく。
どうして、恋人の情報をクラスメイトから聞かなければならないんだろうか。
「どうだ、ちょうどいいから一緒にみないか?」
「……あ、えっと」
嫌だ、と内心思った。
千紘は別に央太を奪おうとしているわけじゃない。
なのに、どうして自分はこんなにも苦しいんだろうか。
楽しかった筈のデートが、今ではこんなにも息苦しい。
「いや、千紘さん、それは……」
「なんでだ?せっかくだから一緒にみた方が楽しいだろ」
二人の仲を知ってるであろう七緒が千紘を止めようとする。しかし純粋な千紘はなぜだめなのか解らないようだった。
もちろん、察しろというほうが無理だということは解っている。
「鳥羽も橘もいいだろう?」
好意しかない言葉。解ってる、ただの好意だと、それでも、
「千紘、なに言ってるの」
「蛍」
「蛍先輩」
霞が返事が出来ずに喉に声がへばりついたように停止していると、霞の親友の声が聞こえた。
「ごめんね霞、橘くん」
「ほたるせんぱいだ!」
「せっかくの二人のお出かけなのに邪魔して」
「……」
その言葉に蛍には自分の気持ちがばれてるんだろうな、と内心思った。
「いいです、だいじょうぶです!」
「なんだ蛍。邪魔なんてしてないぞ。橘もこう言ってる」
「でも、今日はかすみくんと二人で見ます!」
「……あ」
「うん、そうだよね」
「ごめんね、邪魔しちゃって」と言う蛍に「ありがとうございます!」と央太は手を振る。
「……かすみくん」
「え?」
「えいが、みよ」
「あ、あぁ……」
そう言われてチケットを買う。
知らないこと。
当たり前だ、霞と央太は1年半ほどしか一緒にいない。
恋人になってからは数週間。
吉條七緒だけじゃなく、霞の同室生の雅野椿も、中等部からの持ち上がりの輝崎千紘も、浮間志朗も、辺見宙も、みんな自分の知らない央太を知っているのだ。
ポップコーンを買って、せっかく映画が始まっているというのに、霞はまったく楽しめずにいた。
霞の様子に央太もどこか上の空で、映画が終わってどこかでご飯を食べよう、と言ってたのに、「かすみくん、かえろ」と気を遣われた。
「でも……」
「かすみくん、なんか疲れてるもん」
そう言われて「大丈夫」と言おうと思ったが、これ以上知り合いにあうのはなんとなく嫌で、「そうだな」と霞は返した。
寮に戻る前に二人で適当にケータリングを買う。
央太に聞けば、鈴も椿と同じように出かけて明日まで帰らない、とのことだった。
誰の邪魔も入らない空間は少しだけ霞の心を落ち着かせてくれる。
央太と何気ない話をする、それだけで少しだけ心が満たされた。
けれど、デートで楽しくなる筈だったものは未だに飢えていて、これならばいっそ央太の全てを食らってしまえと頭の奥の誰かが囁く。
そんなわけにいくか、と自分で自分にいいながら霞は央太の声を聞いていた。
そんな霞の様子がやはりおかしいと思ったのか央太が顔をのぞき込んだ。
「かすみくん、げんきない?」
「え?」
「なにか困ったことない?オレ、相談乗るよ」
「それは………なんでもないよ」
そう言って誤魔化そうとする霞の姿に央太の頭の中の何かがぷつりと切れた。
「……もう、いいかげんにしろよ」
「お、央太?」
恋人の様子のおかしさと、空腹によってとうとうそれは起こった。
「うじうじうじ、ずーっとしやがって、そんなのオレとつき合うのが嫌だったんなら別れれば良いだろ!」
「は?え、ちが……」
「なら何が不満だって言うんだよ!」
「……それは……って、とりあえず、何か食べろよ、な?」
空腹故の人格豹変により、ずっとたまっていた苦しみが央太から口からあふれ出す。
「いらない!」
「……」
手渡すおにぎりを拒否して、央太のキャッツアイが霞を睨みつけた。
「違うなら言えよ、さっさと!」
「……それは……」
「はやくしやがれ」
「……」
こんな時まで央太の双眸は綺麗だ。
真っ直ぐで眩しい、まるで太陽のようなきらめきがある。
「……嫉妬してたんだよ」
「は?」
余りにも輝いているから、どうでもいい嘘は全部、全て暴かれてしまう。
もう二度とこのきらめきの前で自分は隠し事も嘘も出来ないだろう。
「だから、嫉妬してたんだよ。央太とつき合ってから……。一人占めしたくて。でも別に恋人だからっておまえは俺だけのものじゃない、みんなのもので、だから……」
そこまで言って恥ずかしさやら情けなさで霞は顔を真っ赤にさあせた。
「……なに、それ」
「だから、言うの嫌だったんだよ!」
余りにもバカバカしすぎる理由だ。
霞は自分で自分にため息を吐く。
霞を見て同じように央太も「はぁ」とため息を吐いた。
それから、霞に握られたままにおにぎりに口をつけた。
「……」
もぐもぐ、むしゃむしゃと咀嚼と燕下する音。そして、
「央太!」
残っているご飯粒まで央太の赤い舌がぺろりと舐めとった。ぞわりと背中を駆けめぐるような感覚が霞に襲いかかる。
指で押されるのとは違う柔らかさが霞の指にからみつく。
ぺろりと最後まで舐めとられ、霞の指と央太の舌との間に銀色の糸が伝うのを見つめながら霞はごくりと喉を鳴らす。
ぷつりと糸が途切れるものの、霞の心臓の脈は速く鳴り続ける。
「かすみくんの方でしょ」
「え」
「人気者なの」
央太の唇がゆっくりと声を発する。
「はぁ?そんなわけないだろ」
「あるよ?かすみくんはね、優しいもん」
「そりゃあ、」
好きな子には優しくしたいのが当たり前だろ、と発しようとして恥ずかしくて声が出なかった。
「だから、シンビジウムなんだよ」
でも、出た言葉は思ったものと違った。
「素朴っていいたいのか?」
何度も言われたこと、ぱっとしない花、という意味だろうと霞は思っていた。しかし、央太は大きく首を振って「おはしせんぱいが言ってた」と口にした。
「橋倉が?」
何故今、同じ美術部の友人の名前が出てくるのだろうかと思いつつも央太は言葉を発し続ける。
「シンビジウムを初めて見たときかすみくんに似てるって思ったんだよね?。で、じっと見てるオレにさ、おはしせんぱいがシンビジウムは洋蘭の中でも人気で、育てるのは簡単なんだけど、花を咲かせるのは凄い難しいんだって」
「花を……」
「かすみくんはね、確かにきよーびんしょーかもしれないけど」
「器用貧乏な」
「でも、オレはそれだって凄いなって思います!」
「……」
「かすみくんがね、それでもお花を咲かせられないのは勝手に自分が普通だとか、大したことないって思うからだって、オレは思うんだよ」
「……」
そう言って、霞の手を央太が握った。
「央太……」
「オレね」
「……うん」
「べつにね、だから、いーよ」
「なにが」
なにがだろうか。
誰かに嫉妬しても?そのままでも?それとも、
「かすみくんのものになっても」
自分が望んだこと全てを?
「……っ」
「オレ、ななおと調べたから知ってるよ、おとこどーしでもえっちってできるんでしょ?」
「……へ?」
「だから、かすみくんならいいよ、全部いい」
「……あ、え、ちょっっと待って」
霞は意味が分からずに央太の言葉を必死でかみ砕こうとする。
けれど、央太は霞に笑うbかりだった。
「わかった、まつね!」
「そうじゃなくて、そう、じゃなくて……」
霞のものになってもいい。
どうしてそんなことを?
決まっている、自分が余りにも浅ましいこの気持ちを制御出来ずにいたから。自分で持て余していたから。
でも、全て口にしてしまった。
自分だけのものになってほしいと。
「そのかわり、オレにかすみくんをください!」
「……」
「あ、へんぴんふかでおねがいします!」
「……それ、貰う方が言うことじゃないだろ」
「そう?でも、オレ、かすみくんと」
あのときのように、泣きそうな顔で笑って、
「ずっと一緒にいたいから」
「……」
その瞳に弱い。
いつもの様子と違う央太の姿に戸惑いを覚えてならない。でも、同時にこんな姿をみれるのは自分だけなのだという優越感もある。
「……だから」
緑色が、黄色を射抜く。
「オレのこと、本当に好きならオレのかすみくんのものにしてください!」
「……」
「でも、もしも、りんくんやミヤくんとか、他の人が好きなら、ちゃんと振ってください!」
お願いします、と頭を下げて、辛いだろうに笑っていた。
その姿に自分はやっぱり駄目だなと思った。
「前も言ったけど、鈴とかミヤはそうじゃないって」
「……でも」
「でも、そう思わせたのは俺だもんな、ごめん、央太」
抱きしめると自分よりも大きな筈の体が少しだけふるえてる気がした。
離したくない、好きだと体中が告げている。
「かすみくん」
瞳が透明な膜を貼ってじっと見つめていた。
霞は引き寄せられるように央太の唇に自分のものを重ねた。
そしてすぐに離れて、今度は少しだけ唇が薄く開いた状態の央太の唇に触れた。
央太の舌を自分のものに絡めて、ぴちゃぴちゃと卑猥な水音が部屋に響く。
央太は大きな瞳を更に大きくするも、すぐに目を細めて涙を一滴流して目を閉じた。
お互いの唾液が混ざり合って、ごくりと音を鳴らして飲み込み音が聞こえた。それでも溢れ出てくる唾液が互いの顎から首へと伝う。
霞はゆっくりと央太を自分のベッドに押し倒した。
「……央太」
たった一歳しか違わない。
けれど、一歳も違う、年齢より少しだけ幼い自分の大切な恋人。
潤んだ瞳が見上げて自分を見つめる。
「かすみくん」
少しだけふるえて、熱のこもった、けれど甘くとろけそうなその声が霞の気分を快くしてくれる。
震える指先で央太のシャツのボタンを一つ一つ脱がしていく。時間はかかったけれど少しだけ焼けた肌に指を滑らせるとくすぐったいのか央太は体を少しだけよじらせた。
「かすみくん、くすぐったいよ」
「こら、我慢しなさい」
くすくすと笑って「こんな時までお母さんみたい」と言う。そのお母さんみたいな男に抱かれてるのは誰だ、と思うが。
余程拗ねた顔をしていたのか、央太は声を出して笑った後、霞の両頬を包む。
「かすみくん、だいすき」
「央太?」
「かすみくんに、ぜんぶあげる」
その言葉に自分もそうだと言うのは恥ずかしくてまたキスをした。
舌を絡めて、肌に指を沿わせると、今度は先ほどとは違う甘い息が漏れた。
手と手を重ねて強く握った、汗と汗が混ざり合い、普段では考えられないような甘い声に答えるように愛の言葉を囁く。
そしてーーー、トパーズとキャッツアイが溶け合った。
汗だらけで前髪が額に貼り付いている央太の安らかな笑みを浮かべた寝顔を見つめて、霞は苦笑した。
「ったく、まいったな……」
自分のことを離さないと言いたげに片側の手は抱きつかれて後始末も出来ない。
同室の友人は実家に帰ってはいるから余裕があるのが救いか。
『かすみくんに、ぜんぶあげる』
そう言われて、こうして抱いたというのに。
「ぜんぜん駄目だなぁ」
まだまだ足りないと、もっと欲しいと思うだなんて央太に食べ過ぎだなんていえる立場じゃない。
でも、それでも笑って目の前の愛しい子は「あげる」と言ってくれるだろう。
なら、それでいいじゃないかとなんだか開き直れる気がした。
央太はそんな霞が好きだと言ってくれたのだから。
「ありがとうな、央太」
そう言って、額にキスを降らせば、央太の頬が少しだけ緩んだ気がした。