すきなひと

 「ななお、オレね、すきなひとできた」

 腐れ縁というには余りにも近すぎて、
 親友というには遠すぎた。
 
 七緒からみた央太は馬鹿みたいだけれども本当は人の目を酷く気にするやつで、我が儘に見えて実は優しい奴だ。
 そんなやつが中等部三年になっていきなり口にした言葉を今でも覚えてる。
 誰のこと、とかそういう事よりもそんな感情があった事に。
 もちろん、央太だって人間なのだから恋愛くらいするだろう。
 けれどどちらかというと食べる事の方が大事と言うような央太がそんな事言ったら、誰もが驚くだろう。
 たとえ、七緒じゃなくても。


「……」


 何言ってるんだ、とか、誰なんだとかいいたい言葉はいくらでもあったのに、七緒がみた時の央太の笑顔が余りにも綺麗で、いつも笑っている表情とは違って見えた。


「あ、お腹すいた!」


 いったい誰なのか、を聞く事無く、央太はすぐに食事の事に興味が移って、七緒は気になっていたけれども、それ以上聞くのもなんだかシャクでそのまま頭の片隅に追いやった。


 やがて、その相手が誰なのかはすぐに解ったけれども。



「良かったな」
「うん、かすみくん、やっとかえってきてくれた!」
 嬉しそうに笑う央太。
「高等部にもう鳥羽先輩の椅子温めにいかなくていいんじゃないの」
「え?でも、高等部の学食の方が美味しいんだもん」
「うそ」
「?」
「お前、好きな人に会いに行ってるだけだろ」
 そういいつつ、央太はもちろん学食の事も本気で言ってたんだろうけれども。
「……ななおに言ったことあったっけ?」
「見てれば解るんだよ」
「……そっかぁ」
 そう言って「どうしよう、他の人にもばれてるかな?」と央太はらしくなく目線をさまよわせた。
「オレしかたぶん解らないから大丈夫だと思うけど」
「そっか、ならよかった!」
 そうにこりと笑って、央太は口にする。
 央太の好きな相手が解ればとても単純だ。
 そもそも、央太が高等部にやたら行くようになったのはこの数ヶ月間からだった。
 一緒に練習してる四人のうちの一人だろう、というのはすぐに検討がついたが、加賀谷蓮ならもっと早くに高等部に行っていただろうし、雅野椿相手ならば中等部に彼がいた頃からのつきあいなのだから好きな人が出来たと今更言うのもおかしな話だ。
 だとしたら、藤間先輩か鳥羽先輩だというのはすぐに検討がついたが、どちらかは解らなかった。
 けれど、鳥羽先輩がいなくなった時、ただの友達がいなくなっただけとは違った。
 

 宝石が丘は権力が失われてもそれなりの地位は未だに保っている。そして技術も人脈も。けれどもそれを与えられるだけの能力は身につけなければならない。
 中等部であってもそれは同じことで、ついていけないと転入する人はそれなりにいた。
 七緒からしてみれば努力が足りない弱者だが、央太はそのたびに「寂しくなるね」と悲しんでいた。
 もっともその同級生達がいなくなった理由は半分は七緒で、半分は悲しんでいる央太だったのは皮肉でしかないが。
 央太もそれは気づいていたのだろうし、いなくなってもすぐに立ち直っていた。
 けれど、鳥羽霞がいなくなった時だけは違った。
 いつも元気な央太が心の底から落ち込んで、練習時間以外はずっと彼を捜していた。
 その瞳が、初めて好きな人が出来たと言った時の央太と一緒だったからすぐに理解した。
 

「伝えなくていいのか?」
「うん、言わない」
「……」
「だって、かすみくん、またいなくなっちゃったらやだ」
 そう言って寂しそうに笑う。
 きっと、ユニットのメンバーにもこいつのこんな顔はしらないんだろうなと七緒は思う。
「オレね、かすみくんの隣にいられるだけでいい。もうどこにもいってほしくない」
「……央太」
「たぶんね、好きって言ったらかすみくん困るもん。男同士ってオレは気にしないけど、かすみくんはそうじゃないでしょ、きっと」
「まぁ……」
 そう言って、七緒も自分の胸がちくりと傷むのを感じる。自分だって同じだ。
 好きな相手に好きとすらいえない、同性というだけで。
「だからいいの」
 美しい緑の瞳が柔らかく微笑んだ。


 いつも元気いっぱいでうるさい央太。
 でも子供っぽいように見えて実は自分の友人は酷く大人だ。  


「だって、オレは役者だもん。ちゃんと誰にもばれないように演じることくらい出来るよ」


 そういって、くるくると回る。
「ななおにはばれちゃったけどね?」
 そう微笑んで舌をぺろりと出す。
 きっと、央太は本人の言うとおり相手を欺いて見せるだろう。
 自分が「  」を好きなことがばれていないように。同じように。


 だから馬鹿みたいな奇跡を願ってしまう。
 自分は一生あの人につき合う事も、唇を重ねることも、体が交わることも、ましてや愛の言葉を貰う事もきっと出来ないしあきらめているけれども、
 央太の気持ちにあの人が気づいてくれるなら、
 あるいはーーーあの人が、鳥羽霞が央太を好きになってくれたならば、と思ってしまう。

 そんな奇跡きっとないというのに。  





 

央太は馬鹿そうに見えて滅茶苦茶考えてる愛情深さが好きです
自分の気持ちを優先するように見えて実は他人の気持ちをとてもよく考えているところがとても好きです。