レオナルド・ライト。
平民でありながら騎士団長まで上り詰め、手放すのが惜しいと爵位と先々代の孫娘を与えられた栄華を極めた男。
しかし、その30年後、先王により嫉妬により与えられた爵位を奪われた一代限りの名誉を手にした男。
太陽のような男を廃したその国はまるで罰のように流行病で王族の大半が苦しみ、そして死んだ。
これが三年前のこの国の物事。
まぁ、そんなわけでライト家には王族の血が混じっていた。
平民になったとしてもその血筋は否定できるものではない。
先王の唯一の誤算は自分が恋慕を抱いていた女が、一文無しになった男に付いていったことだろうか。
その息子、娘に流れる血を手に入れたいと多くの人間が保護を申し出たが、レオナルド・ライトというそういう男ではなかったのだ。
波乱万丈?なにそれ美味しいの?
そんなわけで、爵位剥奪されて一年で王都にいた時よりもデカイ家を建てて、今度は商家として一旗揚げた。
ここまでくると何かが彼を守っているとしか思えない。
先王は嫌がらせに物流を絶ったが、力は完全にライト家のほうが上なもので「王都から手に入らないなら別の国から持ってくれば良いだろ」といって海路を独自に開発。
近くの村に援助して、饑饉に陥っていた他の土地よりも豊作。
むしろ近くの村民・町民を助けるために王都に高く売りつけてやる始末。
これではどちらが王なのか解らない。
だが、それも一年前の話。
散歩に行くかのように母親と船に乗ったまま、父親は帰ってこなくなった。
予定通りに帰ってこなかった父親に、兄と「どうしたのだろう」と言っていたのを思い出す。
そして数日後、両親が乗っていた船が沈没した、と聞いた。
よくも悪くも豪快な父親だからこそ切り盛り出来ていたのだ。
そもそも、プレッシャーに弱い兄が塞ぎ込んでしまった。
どうしたものかと名乗りをあげたのが―――――
「グレイ!王都に殴り込みに行くぞ!」
齢16歳のライト家の長女・レオナルド・ライト・jr。
この物語は彼女と、
「はわわわ、ジュニアくん…!」
それに振り回される、グレイ・リヴァースによるライト家の立て直しの物語である―――
とはいえ、商人にとって必要なのは人脈である。
ライト家とかつて取引があった場所に辿ってみるが門前払いされてしまうのがオチだった。
「やっぱり、王都はオルブライト商会が強いから相手にされないね……」
「ふぁっく!あいつら女だから、だとか子どもだから、とか馬鹿にやがって!」
「じゅ、ジュニアくん……落ち着いて…?」
「くっそー!こうなったら次だ次!行くぞ、グレイ!」
「う、うん……」
スタスタと華麗な足取りで歩いて行く少女と、少しだけ猫背で歩く長身の男。
下手するとお忍びの王族とそれに仕える執事に見えるかもしれない。
実際は二人とも平民なのだが。
とはいえ、完全に平民のグレイと違い、ジュニアには王族の血が流れている。
それこそその出自を知ったら喉から手が出るほど欲しいような血が。
「仕方ねえ……、とりあえず今日は帰るか」
「うん…」
気がつけばもう夕暮れ。
ジュニアとグレイは王族・貴族御用達のホテルへと足を運ぶ。
勿論、優雅に寛ぐ客――――――ではなく、少しでも安く泊まる為に、泊まり込みのバイトとして。
商魂たくましいと、いつもグレイは彼女に感心させられる。
絶対に客商売なんて無理だと思ってるグレイのことも、どうにか頼み込んで厨房で雇って貰えたのもジュニアのおかげである。
上流階級の相手なんて出来るのか、と最初は不安だったが、考えてみればジュニアは13歳までは貴族だったのだ。
今でこそ平気で森・草原で野草やキノコを取って、「これ食えるやつだぜ!」と言っているものの、本来はホテルに泊まったり、最上階のレストランで食事をしているような人間達と同じ――あるいはそれ以上の存在なのだ。
まぁ、本人曰く、「貴族でいるよりもこうやって自由に出来てるほうが性に合ってるぜ!」と笑っていたが。
こういうところは父親似だなぁ、とグレイは心底感心する。
何より、元々貴族だったんだから、こういうところで昔の知り合いに会ったら嫌じゃないかなぁとも思うのだ。
「……」
皿を洗いながら、フロアで給仕を行っているであろう彼女をグレイは考える。
「……思わないんだろうなぁ」
自分とちがって、とグレイはため息をついた。
「ねえ、レオナ!その料理運んでもいい?」
「別にいいけど……どうかしたのか?」
「ちょっと、抜け駆けはよくないわよ!」
「レオはまだ来て間もないものね」
「……は?」
「VIPルームに、ミラクルトリオが来られてるのよ!ミラクルトリオが!」
「みらくるとりお…?」
聞き覚えのない名前にジュニアは顔を顰める。
「しらない?9年前のアカデミーでトップだった…」
ああ、アカデミーの話か、とジュニアが考えた後、体が固まった。
「ブラッド・ビームス様がいらっしゃるのよ!」
「……ぶ、ぶらっど…?」
「私はキース様のほうが素敵で好きだわ」
「あら、でもキース様にはディノ様がいらっしゃるじゃない」
「それをいったらブラッド様だって10歳年下の婚約者がいらっしゃるって話よ」
キャッキャと盛り上がる同僚達に対してジュニアは引きつった笑みを浮かべる。
「……あなたたち」
「「「っ」」」
「ここは伝統あるセントラルホテルの最上階レストランですよ」
「給仕長」
「レオナルド」
浮ついているのでぴしゃりと給仕達に給仕長が注意をする。
まぁ、当たり前だよなと思っていると、
「はい」
「あなたが給仕してくれますか」
「……え」
「浮ついた気持ちではないようでしたので」
「いや……でも……」
「まだ入ったばかりだからということは気にしなくて大丈夫。あなたの給仕は丁寧で評判ですよ」
「……はい」
そうじゃない、と言うのは楽だ。
でも、自分を買ってくれてる給仕長に「そうじゃないんです」と言うのは余りにも申し訳無かった。
仕方ない、もう3年も経過してる。
経過してるんだから、解るわけがない。
そうだ、そうに違いない。
さっさと皿を置いて帰ってくるだけ、そう、そうだ。
そう自分に言い聞かせてジュニアは仕事に専念する。
大体、一番会いたくないヤツはこの場にいないのだ。よし、大丈夫。
ジュニアは顔をあげて、仕事モードに切り替えてVIPルームへとむかう。
「失礼します」
見ると、ワインを開けてすでに男2人はできあがっている。大丈夫、バレない。
「ありがとうございます」
ほんのりと酔っているのなら、きっと他人の空似で終わるだろう。
そう思っていた。
「――――ジュニア?」
「っ…」
でも、いつだってこの人は自分を逃してくれない。
「……」
無理矢理作り笑みを浮かべて首を横に傾げればいい。
淑女とはそういうものだ。
「ぴっ」
しかし、
「ジュニア、ジュニアだよな!」
「……おいおい、ディノ。何いって……おい」
「……」
手を握られて、顔を見られたら最後、逃げられるわけがない。
ディノ―――ディノ・アルバーニは自分にたった一つ以外の淑女教育を施した人間だ。
大体、癖も嘘もすぐに見破られる。
「……嘘だろ…?」
キースの声が聞こえる。
何も言わないブラッドの視線が痛い。
「ジュニア、いつ帰ってきてたんだ?フェイスも―――」
「っ…ひ、人違いです」
「そんなわけないよ、だって俺がジュニアを見間違えるはずないんだから」
「人違いです……」
一番聞きたくなかったヤツの名前が聞こえた。
ディノになら多分事情を話せばわかってくれたかもしれないが、アイツの名前を聞いたらもう駄目だ。
掴んでいた手を振り払い、そのまま「失礼しました」と扉を閉めて出て行く。
ディノが本気で掴んでいなかったのが救いだろうか。
給仕長に「すいません、やっぱり無理です」と頭を下げると何か察してくれたのか担当を変えて貰った。
これでいい。
その後、会わないようにして、3人が店から出るのを待っていた。
グレイに「大丈夫?」と言われつつも、「大丈夫だっての!」とごまかして、与えられた職員用の四人部屋のベッドで横になる。
「レオナ~おやすみ~」
「おやすみ、レオ」
「ジュニア、またあしたね~」
同僚達に挨拶をしかえした後、嫌なコトを思い出す。
「……ディノたちの顔、大人になってたなぁ」
当たり前だ。もう会ったのは3年も前の話なのだから。
目を閉じれば思い出すコトは沢山ある。
今のようにたくましく生きる前、まだジュニアがお嬢様と言われていた時代のことだ。
レオナルド・ライト・jrは元貴族であり、元淑女だった―――3年前までは。
いつか嫁ぐ男の為に淑女教育なんてものを受けたし、その男のことが好きか嫌いかでいえば―――好きだった、と思う。
「おチビちゃんはおれのおよめさんになるんだよ」
家に遊びに行くたびに念を押されたモノだ。
四大公爵の一家だったし、まぁ、母親が一応王族だったので血筋を逃さないという政略結婚、ではあった。
でも、その男は―――フェイスは優しかったし、嫌ではなかった。
貴族であった頃の暮らしに対しての唯一の未練であり、忘れがたい初恋だった。
何分、貴族の淑女教育はあくまで未来の夫を歓ばせるものだのだ。
平民になってからのほうがまともな勉強をした気がする。ダンスや詩が一体何になるのだと思ったくらいだ。
いつか来るデビュタントに向けてディノから笑顔の作り方やら、会話の方法など習った覚えがある。
おかげでタヌキの化かし合いの初歩的なことくらいは出来るようになった。まぁ、あんまり役に立っていないが。
そして、その淑女教育には婚約者がいる場合に限り、ヤる一環がある。
「……」
思い出さなくて良いことまで思い出して、ジュニアは強く目を閉ざした。
体が火照りそうになるのをごまかして、眠れと自分に訴えた。
幸い、明日は休みだ。
兄ちゃんに、いい報告が出来たら良い。そう思った。
「……ジュニアくん……」
「くっそぉ……」
駄目だった。
やはり、親父じゃなきゃ駄目なのか、と内心思ってしまう。
否、違う。
だって、3年前と何も変わらない。
変わらないけれども、変わってしまったということはやはり、父親でないと無理だということか…?と思ってしまう。
どうしたらいい?どうしたら――――
このまま田舎に戻って、兄に駄目だったと言ったらどれだけ悲しむだろうか。
「HEY!HEY!HEY!そこのご両人!」
「…?えっと……」
「話は聞いてたよ、君たち商人なんでしょ?」
「……そうだけど…なんだよ…」
突然現れた人物にジュニアは顔を顰める。
「実は、君のコトを聞いて話を聞きたいって人がいるんだけど……」
「本当か?」
「もちろん!俺っち嘘つかないよ、そこの車に乗ってるよ!」
「……ありがとう!お前いいやつだな!」
「……まっ、ジュニアくん…!」
追いかけようとするグレイのことを「ちょっと待って」と手を握る。
「……え?」
「お兄さんって―――」
グレイの気配がないことも気付かずにジュニアは言われた車に近づく。
もしも、グレイや田舎の兄がいたら「危ない」と注意されていたはずだが、前しか見えてないジュニアは気付かなかった。
自動的に開いた車に何だろうと少しだけ顔を覗かせる。
その瞬間に何者かに車の中へと引っぱり込まれた。
「いってぇ……なにす―――」
「お久しぶり、おチビちゃん」
「……なんでここに…」
「そりゃあ、」
笑顔でにこりとジュニアの顔に近づける。
「…っ、ん、んん…」
ぬめりと舌が口腔内に入ってくる。
ぐちゅぐちゅと水音が耳元に聞こえる。
口の中がこれでもかというほど蹂躙されているのにそれが気持ちよく感じしてしまうのは3年経過したからといっても体が忘れてないからだ。
「……んっ…あ…」
銀の糸がツーとお互いを繋いでそのままぷつりと切れる。
「可愛い婚約者が俺のところに帰ってきてくれたんだから迎えに来たんだけど?」
「……」
「3年間、ずっと探してたよ。おチビちゃん」
体が、火照って、気持ちとは裏腹に悦んでいるのを感じた。
フェイス・ビームスという男との婚約が決まったのは自分が赤ん坊の時だ。
元々、自分は彼の兄と結婚する予定だったと聞いた。
それを3歳の彼が一目見て、「おれのお嫁さんにする!」と言い張ったらしい。
元々、結婚相手なんてものはどっちでもよかったので周囲はそれじゃあ、とすぐに決めた。
つまり、ジュニアの人生はこの男に振り回されることがこの時から決定してたのである。
「おチビちゃんはおれとけっこんするんだよ」
これが小さい頃の口癖だった。
にいにだいすき、 ぶらっどがすごい、きーすとけっこんする、
小さい頃、他の男を褒めると、彼は拗ねたものだった。
3歳年下の女にする態度ではない。
でも、何故かフェイス相手だと許せてしまうから不思議だった。
貴族には七面倒くさいきまりが沢山ある。
例えば貴族の女は結婚するまで処女を守らなきゃ行けないとか、
婚約者以外の男と二人きりになってはいけないとか、
股から血が出たときは、絶対に自分は死ぬのだと思った。
親にも兄にもメイドにもいえない。
フェイスに言わなきゃいけない、結婚出来ないって。
家の使用人に頼んで、馬車を出して貰った。
当時のライト家はかなり潤っていたし、ビームス公爵家はとんでもない金持ちだったのでそれはそれは裕福な暮らしだった。
「おチビちゃん、どうしたの?」
「……フェイス…」
その日のことをジュニアは忘れない。
人の気も知らずに暢気に「このドレス、俺が贈ったのじゃないよね。駄目だよ、俺の贈ったの以外着たら」と言う男の声にもうすぐ会えなくなるのだと涙が溢れた。
「……お、おチビちゃん!?」
「ごめん、フェイス」
「……どうかしたの?」
「おれ、お前と結婚出来ない」
「……」
「ごめん、本当に…」
「誰?」
「え?」
「俺のおチビちゃんを誑かしたのは誰?」
名前を言って、と優しく頬を撫でられたけど、でも目は笑ってなかった。
「たぶらかす…?」
「ああ、そういえば、おチビちゃん、今も小さいけど、今よりも小さい頃、キースにハンバーグを作って貰って結婚するって言ってたっけ……。
それともアニキにお菓子でも貰った?ああ、この間、マリオンのコトも格好良いって褒めちぎってたっけ……」
「…ふぇ、フェイス……?」
「大丈夫だよ、おチビちゃん。俺しか見えなくしてあげるから」
「待て待て、なんの話だ?」
「何って……おチビちゃんが俺以外に浮気してるって話でしょ?大丈夫だよ、ちゃんと処理するから」
「は?」
冷ややかに、目だけは笑っていないその顔にジュニアは寒気を覚える。
まずい、こいつ絶対に誤解してる、と理解した。
「ち、違う!お、お前いがい、すきなやつなんていないし…」
「……」
「ち、ちっちゃい時はそりゃキースのハンバーグが食べたかったり、ブラッドが高い高いしてくれたりして嬉しかったし…マリオンには憧れてるけど!でもおれがすきなのは、お前だけだから…」
「……それじゃあ、なんで結婚できないだなんて言ったの?」
一瞬、嬉しそうな顔をしつつも、ならなんで、と心底不思議そうな顔をフェイスはした。
「……その、えっと」
「……どんな理由でも、俺はおチビちゃんを手放す気はないよ」
「……」
「例え、家が没落しても、おチビちゃんのことをお嫁さんにするし、他の男に無理矢理奪われそうになったら、そいつのこと始末するから」
「……おまえ、重すぎるんだよ」
「いいでしょ、だって、おチビちゃんのことが好きなんだから」
別にいいでしょ、と笑うフェイスにジュニアは少しだけ頬を緩ませた。
「……そうじゃなくて、おれ」
「……」
「もうすぐ、死んじゃうかもしれないんだ……」
「……は?」
「誰にも言ってないけど、体から血が出てきて、それで……って、フェイス?」
立ち上がってどこかに行こうとする婚約者を慌てて止める。
「おまえ、何しようとして……」
「なにって、まずは主治医を呼ばないと……ああ、それで無理そうなら東の国は別の医療が進んでるっていうし……」
「いやいやいや、たかが下級の女にそこまで金をかけるな!」
「下級って何、俺のお嫁さんなんだけど」
「まだ、嫁じゃないだろ」
「……俺はおチビちゃん以外と結婚する気はないんだからお嫁さんでしょ」
「いや、でも……」
チリンチリンと鈴を鳴らして、メイドがやってくる。
止めるのも聞かずにフェイスは主治医を連れてくるように命じる。
ビームス公爵家の主治医は国一番の名医で、ジュニアの診察をしたのはその弟子である女性医師だった。
医者とはいえ、貴族令嬢と二人きりになることも、体に触れることも許されない。
そのため、医療分野は男女ともに重宝されていた。
「お嬢様、いったいどうされたのですか」
顔なじみの女医に聞かれて、申し訳無いと思いながらも素直に答える。
「……股から、血が出るんだけど」
「股から、ですか?」
「お、おう……」
ドレスを握りながら話すと、
「お嬢様、すいません」
「うん?」
「それは、病気ではないですね」
「……びょうき、じゃない?」
「ええ、それは――――体が、子どもを産む準備が出来たんですよ」
「へ?」
「初潮です」
「しょちょう……?」
そんなの知らない、と目を丸くしながらも病気じゃないし、死ぬわけじゃないとほっとした。
「フェイス様、よかったですね」
「うん?」
なんでフェイスに言うんだ?と首を傾げながらもジュニアは女性医師に御礼を口にした。
その夜、泊まっていって、と言われて、ジュニアは特に気にする事無く頷いた。
いつも、ジュニアはフェイスの部屋で泊まる。
ベッドで横になって眠くなるまで話すのが好きだった。
「おチビちゃん」
「…フェイス?」
そっと後ろから抱きしめられてお腹を服の上から撫でられた。
なんだろうかと思ってると、
「ねぇ、おチビちゃん、わかる?」
「……なにが?」
なんだかいつもと違う雰囲気の婚約者に戸惑う。
耳元で囁かれて、体が震えたのはきっと恐いからだ、と思っていた。
けれど、なんだか切なくて太股をすりあわせる。
「おチビちゃん、俺の赤ちゃん産めるようになったんだよ」
「……っ」
貴族には七面倒くさいきまりが沢山ある。
例えば貴族の女は結婚するまで処女を守らなきゃ行けないとか、
婚約者以外の男と二人きりになってはいけないとか、
――――――月のモノがくるまでは、手を出してはいけない、とか。
それは、つまり初潮を迎えた婚約者であれば、処女を守れば何をしてもいいという意味だ。
「んっ……や…」
ネグリジェの上から小ぶりの胸が包まれた。
自分でも洗う時くらいしか触れない場所に触られて戸惑うと同時に、この男になら何されてもいいとも思ってしまう。
「生理中って痛いって聞いたんだけど……大丈夫?」
「……わかんねえ」
「……そっか」
そこから強引にことをすすめない辺りが彼の優しさだ。
「……なぁ」
「うん?」
「おまえ、触りたいの…?」
でも、もしかしたら興味がないんじゃないかと不安になって聞いて見ると、「そりゃあね」と返事が来る。
「…胸も、ここも」
「ぴゃ!」
「それだけじゃなく、全部触りたいって思ってるよ」
「お、おま…ま、またを…」
「アハ、股じゃなくおまんこって言ってよ」
「…っ……」
「まぁ、生理中だからね、我慢するよ」
俺は別に気にしないけど、と言うけれど、血だらけの股なんて見せられるわけがない。
でも、そう言ってくれるのは素直に嬉しかった。
「……その、せーり、が終わったら……」
「……」
「おまえに、見せてやってもいい…」
「……おチビちゃん…」
「ま、まぁ、一応?お前は婚約者だし?見せたり、触らせるのも……その、大事なことなんだろ……」
後にそんなことは貴族間のとんでもルールだと知るのだが、かなしかな、まだ齢10歳になったばかりのジュニアには理解できなかった。
それに、この頃はフェイスと結婚すると思ってたから気にもならなかった。
他の人間に見せるはずがないんだからいい。
自分に触れるのはフェイスだけなんだから、別に良かった。
「……うん、楽しみにしてる」
そう言われて、体をむき直して触れるだけのキスをした。
あの頃の自分は幸せだった。
いつかこの男と結婚するんだと信じていた。
小ぶりだった胸が膨らんで、
破瓜してないのに、陰核も陰部も触れられたら感じるほどに開発されて、
旦那を歓ばせるのが妻の役目だからと、奉仕の仕方すら教え込まれた。
そのせいで、咥えるだけで濡れる体になっただなんて誰にもいえるわけがない。
「もうすぐ、おチビちゃんの誕生日だね」
「……っそうだな…」
「13歳になったら、婚姻届を出して、最後までしようね」
「……くそすけべ」
「なんで?おチビちゃんも好きでしょ?」
3年近く開発されれば、どこを触られたって感じるようになる。
それこそ自分の体すら主人をこの男だと勘違いしてしまうほどに。
「うるさい、クソDJ!」
「もう、俺に趣味が出来たからってヤキモチやかないでよ」
「べ、別にヤキモチじゃねえし……」
そうだ、別にこいつが趣味でDJをはじめたことにヤキモチなんてやいてない。
昔、自分のために弾いてくれたピアノやヴァイオリンのほうが好きだったとは思うけど、こいつが楽しいなら別に音楽の趣味が合わなくても別に気にしない。
自分以外の女にキャーキャー言われてるのはちょっとだけ腹立つけど。
「……ねぇ、本当に帰っちゃうの?」
「だって、兄ちゃんに帰ってこいって言われてるし……」
「でた、兄ちゃん」
「……しょうがねえだろ、久々に仕事からみんな帰ってくるって言うし」
「……いいけどね、別に」
この日まで、多分幸せだった。
この日、先々王が病死し、そしてライト家は爵位を剥奪された。
この日を堺に、フェイスは一番好きな女の子を奪われたのだ。
v
3年間、ずっと探し続けた。
レオナルド・ライトの話題は王都ではタブーだった。
裏ではやりとりがあったらようだが、公爵家の権力をもってしても、否だからこそ辿り着けない場所というものはある。
兄には何度も忘れろと言われた、でも忘れられるはずがない。
ライト家に関するものは全部、先王によって没収され、燃やされたものの、別邸のフェイスの部屋には、まるで天使か妖精か見間違うであろう彼の婚約者の絵画が飾られている。
自分と数人の使用人しか入らない部屋だ、好きにしたって別に構いはしないだろう。
無理を言って、毎年描かせたそれは12歳の時で途切れている。
ライト家は未だに禁忌の家だが、同時にジュニアは王族の血を引く娘でもある。
それじゃなくても、その美しさから欲しがる人間は多いだろう。
市場ではおそらく商品価値が高くつくに違いない。
1年前、先王が亡くなり、フェイスの邪魔をする人間はいなくなった。
ジュニアを探して、そして約束通り結婚しよう、と思った。
両親が反対するなら、自分も爵位でもなんでも棄てて、それこそ彼女が好きだと言ってくれた音楽を片手に生きていけばいい。
幸い金だけは有り余ってたので、田舎で2人で暮らすのは十分だった。
しかし、どうにもライト家の情報はない。
少し前まで商会として名を馳せていたこと、今は兄が継いだが借金地獄に陥ってることまでは解ったがどこで何をしているのかまでは誰も解らない。
どうしたものか、と思っている時に、
セントラルの王族・貴族御用達のレストランで見目麗しい給仕係が来たと噂を聞いた。
金髪のオッドアイ、という話にまさか、と思った。
けれど、それが確信、というか完全にそうだと解ったのは、今朝、ディノに言われたからだ。
「フェイス!」
酔い潰れた男2人に、平気そうにしてる女性。
ディノ・アルバーニはザルで、兄の親友とは思えないほどサバサバとしていて、そして人の懐に入るのが上手いひとだった。
「……なに、2人そろって潰れたわけ?」
たまたま用事があって本邸に泊まってきてたのだが、帰る前にいやなヤツにあった、と思いながらも、ディノとキースに会えるのは嬉しい。
まぁ、キースは酔い潰れていたのだが。
「……あはは、あのさ、ちょっと話したいことがあるんだけど…」
オスカーに連れられていくブラッドを見ながら「うん、あのさ…」と少しだけ言い淀む。
「どうかしたの」
「……ブラッドには言うなって言われたんだけど、でも、きっと知らないとフェイスが辛いと思うから……」
「……なに?」
なにかまた妨害でもしてるのか、と思っていたら、
「……ジュニアを見たんだ」
「……え」
「今日行ったところで給仕しててさ、あ、少しだけだったんだけど!でも、あの、その…・・・」
「……」
「すっごく綺麗になってた」
「……」
そのディノの言葉に駆け出していた。
「フェイス!」
告げた筈だった。
例え、家が没落しても、ジュニアを嫁にするし、他の男に無理矢理奪われそうになったら、そいつのこと始末するから、と。
大人のキスするだけで、体が抜けてしまうコトを教えたのは自分だった。
体中の力が抜けて、目を潤ませて助手席に座る姿はどう見ても食べられるのを待ってるごちそうにしか見えない。
「……くそでぃーじぇえ……」
ディノが言った通り、記憶の中の彼女よりもずっと綺麗になっていた。
こんな彼女を周囲が放っておいただろうか、もしもすでに別の男がいたとしたらどんな手を使っても取り戻さなければならない。
だって、好きなのだ。
3年間離れたって他の女性なんて好きになれなかった。
どんな人といても、この子のことを想い出す。
「おかえり、おチビちゃん」
やっと、俺のところに帰ってきてくれたね、と思いながらそっと手を伸ばした。
実は先天性女体化より後天性女体化、男性妊娠のほうが好きだったりするんですが、思い浮かんだネタは書くしかないのがヲタクの精神です故…