燧火 #1

始まると同時に終わる恋というものはある。
 17歳という年齢の遅すぎる恋愛は、初恋というには余りにも面倒くさくて辛くて、嫌なものだった。
 まるで甘いチョコレートだと思って食べたら、苦いカカオの味しかしなかったかのように酷い味が口の中に纏わりつく。


 恋の相手が、今は直ったとはいえ、かつては告白されれば誰とでも付き合うような男で、きっと誰よりも自分はこの男の最低さを理解している、と言えるようなヤツだというのは余りにも酷すぎる筋書きだったと思う。
 おそらくこの男の悪いところは10個どころか100個でも言えるだろう、と思える程には最低だった。
 それでも、レオナルド・ライト・jrがこの男の横顔を見て心を震わせるようになったきっかけは単純にこの男が命がけで自分を守ってくれたからだ。
 自分が子供のように喚き散らしても、それでも真っ直ぐに自分を見てくれて、輝ける人物だと言ってくれた。
 たったそれだけのこと。


 仮想世界から現実世界へと戻ってきて、その横顔を初めて心の底から綺麗だと思えた。  


(ーーーああ、好きなのか)


 考えれば、年相応の事はまったく経験してこなかった。
 同じ年の女の子が誰が好きとか、おしゃれしたいとかそんな会話を交わしている間、自分は父親の筋書き通りにヒーローへの道を歩いていた。
 アカデミーに通って、とにかく必死に勉強して、16歳でトライアウトを受けてーーー人から見れば生き急いでいるという人生を必死で駆け抜けていた。
 兄の影響を受けてギターや音楽は大好きだったし、ゲームも同じようにやってはいた。
 でも、それくらいで他に趣味らしい趣味はなかった。
 他人からしてみればかなりつまらない人間と思われるかもしれないが、それでも自分の歩んでいた道に後悔はない。


 でもーーー
 もっとマトモなヤツを好きになりたかった、と自分の感情にため息を吐きたくなる。
 思えば、自分の人生は男に振り回されている。
 生まれからして、兄と父親の確執からはじまり、ヒーローになった後にはメンターと同室の男にこうして振り回されているのだ。
 唯一の救いはもう一人のメンターが姉のように優しい人だったことくらいだろうか。
 それくらいジュニアの人生にマトモな男はいなかった。
 HELIOSに入る前ならまだしも、こうして過ごしているうちに憧れていた兄も完璧超人ではない、ということを割と知ってしまった。
 まだまだ子供だなぁと自分では思うけれど、同時に大人になった部分もあるんだな、と成長した自分を少しだけ褒めた。


 そっと右を見ればカーテン越しの彼の気配を感じた。
 ジュニアは起こさないように病室の白い天井を見る。


  (どうせなら、もっとマトモなヤツを好きになりたかったぜ)


 そう考えて、周囲の男を思い出す。
 キースのことは好きだが、想い人よりもどうしようもない男だ。
 マリオンは憧れの人で、これ以上ほどないほど格好良い男ではあるけれども恋愛対象として見るには高嶺の花過ぎた。
 ガストは良い奴だけれども少しだけ壁を感じる。
 ウィルは優しいけれど、味覚が特殊すぎるし、レンとはそこまで親しくない。
 ビリーは人の事を子供扱いするし、アッシュは悪い奴ではないが良いヤツでもない。
 オスカーは気があうが、一番はブラッドだろうし恋の相手としては難しい。
 グレイはーーー


(ああ、本当、グレイみたいに優しくて甘やかしてくれるようなヤツを好きになったら良かったのに)  


 そこまで考えて失笑した後、最後の一人を思い浮かべた。


 ブラッド・ビームス。
 ジュニアの、好きな相手の兄。
 色々あって、今は拗れているし、ガミガミ怒るけれどーーーけれど、本当は優しいことをジュニアは知っている。
 悩みを相談すれば返してくれる事も、意外に馬鹿な事に付き合ってくれる優しいところも。
 でも、大事な相手に不器用なところがあるのも。


(……そういうところは違うよな)


 それから、好みのタイプが似ている事も知っていた。
 そう、どうして失恋だ、と解ってしまうのか。
 それはーーージュニアがフェイスの好きな相手を知っているからだ。
 フェイスは本当の本当にどうしようもないクソ男だった。
 でも、それが変わったのはディノがウエストセクターにやってきてからだった。
 初めはなかなかディノを受け入れなかったフェイスだけれども、ルーキー・キャンプが終わった頃には大分懐いていた。
 その目つきとか、態度とか、やけに甘いところとか、同じ女なのに自分や、数ある彼女に対してとまったく違う様子に、「ああ、そうなのか」と本人に聞いてはいないもののほぼ確信を得ていた。
 そして何より、ディノは可愛くて優しくて綺麗で、凄くーーー理想の女性だった。
 肩にかかるくらいの桜色の髪の毛に、空色の瞳。
 その上、男のヒーロー達にも負けない体術に冷静な判断力。
 どれをとってもディノは凄くて、そしてジュニアの憧れだった。


 そんな相手に、適うわけがない。  


 はぁ、とため息を吐けば「どうかしたの」と隣から声がかかってきた。
「何?トイレで目が覚めたの?」
「ちげーよ」
 トイレならすぐそこにあるだろ、と言えば「そうだよね」とからかうような声が飛んでくる。
 嫌なヤツだなぁ、と想うけれど、でもその声を聞いて心臓は勝手に鼓動を早める。
「……早く寝なよ、じゃないと治らないよ?」
「わかってるよ」
 ーーー眠れそうにない。
 けれど目を閉じて無理矢理夢を見ようとする。


「おやすみ、おチビちゃん」


 その声に、涙が少しだけ零れそうになった。



 それからも、夜毎に泣いた。
 兄に連絡すればよかったのかもしれないが、お互い自立すると決めた以上は甘えるわけにはいかなかった。
 それになんと相談すればいいのか解らなかった。


 好きな相手が出来ました。
 でも、相手には好きな相手がいます。
 だから上手に忘れられる方法を知りたいです。


 だなんて、聞いたところでクリスが困る事は明白だった。
 結局、ジュニアは諦める為に隣のベッドで眠る男がどれだけ嫌なヤツなのか並べた。
 でも、その度にダイナーのバイトの時に助けてくれたり、ダンボールを持ってくれたり、トイレについてきてくれたり、一緒に映画をみたりと、そういう何気ない時を思い出して本当はずっと前から好きだったのかもしれないと思い知らされた。


 自覚しなかっただけで、きっとずっと前から好きだったのだ。  


 でも、自分はフェイスの一番になれないし、きっと、この男は研修が終わったら自分の事なんてどうでもよくなるんだろうな、と思った。
 キースのように道を指し示すわけでもない、ディノのように道を照らすわけでもない。
 あくまで自分はたまたま同室になっただけの、年下の同僚だ。
 そもそも、ディノがくる前から男と間違われたり、「おチビちゃんにそういう気になるわけないでしょ」と言われていた事を思い出す。
  フェイスに意識される以前にそもそも土台にたてていないのだ、とジュニアは思った。


 自分がこんなに相手を好きだけれども、きっと相手は自分のことをおもしろいおもちゃくらいにしか思っていない。
 でも、きっと自分は死ぬまでこの男を忘れられないんだろうな、と思った。
 静かに泣いた夜が明けて、朝が来て挨拶を交わす度に好きになる。


 恋とはそういうものなのだと、ジュニアはたった数日で痛いほど知った。


 諦めようともがけばもがくほど深みにはまっていく。
 そして気づかなくていい、というか見向きをしていなかったことにも突きつけられてしまった。
 その一つがこれだ。
 退院して、ウエストセクターの自室に戻った時に改めて気づいた。
 自分は女らしさのかけらの一つもないということに。


 否、気づいてはいたが今まで気にしたこともなかったのだ。


「……」


 そもそも身長だけではなく、胸もなければくびれもない。
 視線を一度下に落とし、そして全身を写し出される鏡を見れば余りにもそれは酷いもので悲しくなってきた。
 今まではそれが都合が良かったが、何故か急に恥ずかしくなってきた。
 今までずっとジュニアはフェイスの元彼女やファンたちが着飾る理由がわからなかった。
 あんな男のためにおしゃれをしたって無駄なのに、と。
 それ以前に女であることよりも『ヒーロー』であることを選んだ自分にそんな余裕はないのだと思い続けていた。
 でも、遅すぎる初恋に落ちて、今までの自分の行動を振り返ると途端に恥ずかしくなってきた。
 同時に、今まで馬鹿にしてきたフェイスの元彼女達に心の中で謝る。
 彼女たちの化粧や洋服、アクセサリーは女としての武装だったのだと知った。


 かといって、今更彼女たちのようにかわいく媚びる事なんて出来ないし、そもそも相手にされていないのだから意味はない。
 ないのだがーーー
 それでも、少しでもかわいくみられたい、と言う気持ちが生まれてしまった。
 ばかげてる。
 だけどーーー


「ジュニア、具合悪いのか?」
 シャワールームの前で突っ立っていると心配したディノが入ってきた。
「ディノ」
「あれ、どうしたんだ?」
「えっと……」
 どうしたらいいのかと目を泳がせると何か感じ取ったのかディノが「あ」と小さく声を漏らす。
 そして、
「ジュニア、一緒に入ろうか」
「え」
 名案を思いついたと言わんばかりにそう口にする。
「……だめか?」
 どう断ろうか、と思っているとまるで犬耳が垂れたかのように悲しげな表情をする。
 本来ならば12、3歳も年上の相手に思う気持ちではないのが解っているがかわいいと思える。
 どうにも、ディノにはみんな甘くなってしまうのだ。
「だ、だめじゃない……」
「っ!」
 そう言えばうれしそうにディノは笑顔になって「着替え持ってくる!」とうれしそうに走っていった。


 ああ、何をしているんだろう、と思いながらもジュニアは深くため息を吐いた。



「ジュニアとこうやって入るの久々だな!」
 にこにこと笑って背中を洗ってくれたディノにどう答えたものか、と思いながらジュニアは「そうか……?」と適当に返事をする。
 湯船につかって、何故か足と足の間に収まっているジュニアはどうしたらいいものかと考える。
 背中には自分とはまったく違う柔らかな感触があり、それがまた悲しい。
「そうだぞ!まぁ、一緒に入るのもおかしいのかもしれないけど……」
「そんなことないけど……」
「本当?じゃあ、また一緒に入ろうな!」
「…………」
 なんかはめられた気もしたが、相手がディノなのだ。
 たぶんそんなことはないだろう、とジュニアは結論づける。
「で、何を悩んでたんだ?」
「へ?」
 突然、本題を出されてジュニアは間抜けな声を出してしまった。
「……言いたくないなら別にいいんだけど、何か悩みがあるんだから相談してほしいなと思って……」
「……」
 ディノはずるいと思った。
 だって、こんな声を出されたら誰だって従ってしまう。
 キースはもちろん、ブラッドやジェイ、あのアッシュやオスカー……それにフェイスもディノには甘くなってしまうのはしょうがないと思う。
 ジュニアは知らないが魔性の女や、傾国させるような女は得てしてあくどい女ではなく無邪気で可愛らしい女なのだ。
「大した悩みじゃないけど……」
「それでも、ジュニアが悩んでるなら力になりたいよ」
「……メンターだから?」
「ジュニアが大事で大好きだから」
 そう言ってディノは笑う。
 ああ、もう適わない。
 どうやったってディノにそういわれたら全て白状するしかないのだ。


「……本当に大したことじゃないんだけど……」
「うん」
「胸、ちっちゃいなって……」
「……えっ」  


 ああ、もう。
 だからいいたくなかったのだ!と恥ずかしくなる。  


「ディノは身長もあるし、胸だって大きいし、優しいし、かわいいし……」
「ジュニア……」
「……」
 女であることを棄てて生きてたのに、今更何をいっているのだろうと思う。
 それは、ディノやリリーと会って女でもヒーローになれると解ったからかもしれない。
 もっと早く突きつけてくれたなら変わったかもしれないが、それでも今までの人生に後悔することは一切ないが。
 そんな事を思ってると、


「ジュニア~~~~~!!」


   後ろから思い切りぎゅうと抱きしめられた。
「ありがとう、そんな風に思ってくれてすっごくうれしい!」
「……ディノ……」
「だけど、ジュニアは滅茶苦茶可愛いんだぞ!」
「……」
「そうだ!」
 ディノはそう言ってくれるが……などと思っていると、何かを思いついたかのように大声をあげた。
「ディノ?」
「ジュニア、俺と一緒に勉強しよう!」
「勉強?」
「にひ、そう。勉強!」
 抱きしめられて胸の柔らかさが背中に感じた。
「大丈夫だよ、俺もジュニアと同じくらいの時はちっちゃかったよ」
「……嘘」
「本当だよ。髪の毛だってジュニアよりも短かったし、男の子みたいだった」
「……」
「ジュニアを見てると、なんだか昔の自分を思い出すよ」
「……ディノは」
「うん?」
「どうして、可愛くなったんだ?」
 自分とディノが一緒なわけがない。
 だって、ディノはいつも優しくて可愛くて……
「ーーーヒミツだぞ?」
「うん!」
「誰にも言ったらだめだからな」
「約束する!」
 そう言うと、ディノは悪戯な表情で、


「すきなひとができたんだ」


 そっと内緒話をしてくれた。


「それって、」
 その後、尋ねた名前を呼べばディノは恥ずかしそうに頷いてくれた。



 キースがずっと探していた人物。
 どんな相手だろうとずっと思っていた。
『ロスト・ゼロ』で殉死したという親友。
 きっと男だろうと思っていたその人物は女性で、綺麗なピンク色の髪に空色の瞳。
 女だというのに、自分の憧れのマリオンも倒してしまう程の強さ。
 気さくで誰にでも優しい性格。
 穏やかで柔らかいけれど、けれど真面目で真っ直ぐ。
 レオナルド・ライト・jrにとってデイノ・アルバーニは大好きで、尊敬する憧れの先輩だった。
 いつも優しくて自分の大切にして、可愛がってくれる。
 でも、自分のことは後回しで人のことばかり気にしてしまう彼女には幸せになってほしい。  


 自分の恋はとうに終わってしまったけれど、それでも、目の前の大好きな女性には幸せになってほしい。
 そう願うのは、きっと間違ってないと思う。



「見て見て!お揃いにしたんだ!」
「……」
「おー、ブラッドがいう馬子にも衣装ってやつか」
「なんだ、そのまごにもいしょうってヤツ」
「よく似合うってこった」
 そう言われて嬉しい、と心底思った。
 ディノとお揃いのノースリーブシャツに、ギャザーの入ったスカート。
 似合わないかな、と思いながらも褒められるとほんのすこしだけ嬉しい。
「……」
 例え、一番褒められたい人に褒められなくても。
「なぁ、フェイスはどう思う?」
「え?」
「ジュニア、可愛いだろ?」
「ディノ!」
「……」
「ーーーそうだね、ディノとお揃いで似合ってるんじゃない?姉妹みたいで」
「……」
「本当か?嬉しい!」
 その言葉に少しだけ惨めだな、と思う。
 どれだけ頑張ってもディノに勝てる筈がない。
 しょうがない、宝石に比べて、その辺りの石はどれだけ磨いても少しだけ綺麗になるだけなのだから。


「フェイスの足が治ったらみんなで遊びに行こうな」
「もう治ってるんだけどね」
 はぁ、とため息を吐くフェイス。
 でも、ジュニアは知ってる。
 医務室に来なかったフェイスの兄。
 きっと、本当は来て欲しかったのだと思う。自分が、『  』に来て欲しかったのと同じように。
「まぁ、トレーニングは出来るって言ってたし、すぐに治るんじゃない?」
 そう言って笑うけど、フェイスはしばらくパトロールに出ることはなかった。
 SNSも更新しておらず、何かが引っかかってるのだろうとは解る。
 けれど、自分には何も相談してくれることはなかった。

 結局言い出せなくて、それから数日経過してからキースが言い出した時も、ディノが心配したら「相談する」と言っていた。
 どれだけ頑張っても、やっぱり無駄なんだろうなというのが突きつけられた気がした。

「……」


 じゃあ、また今までのように出来るかというと無理だった。
 今まで適当に結んでいたローポニーテールじゃなく、ディノが結ってくれたハーフアップに黒いリボンをつける。
 ディノは「ピンクとか赤にしたらいいのに」と言ってくれたけど、さすがに可愛すぎて似合わない。
 それに、このリボンはフェイスであってフェイスではないが、かつてタイムマシンに乗ってきてくれた時にリトル・フェイスがくれたものだった。
 あの時は一つも意識していなかったが、それでも小さな想い人から『レオナルドお姉ちゃん、可愛い』って言ってくれた事だけはジュニアの心の中で唯一の希望だった。
 リボンを揺らしながら、パトロールしている時も、どうしたらフェイスを元気に出来るかと考えていた。
 そんな中、ジェイから「ブラッドに休みをとらせたからフェイスと一緒に遊びに行かせたい」と打診があった。
 元からキースとディノもブラッドのことは気にかけてたし、それには大賛成だった。
 だけどーーー

「クソDJ」
「なに、おチビちゃん」
「悪いんだけど、おれ、今日兄ちゃんと練習があるから……」
「そう?なら一人でタワーに戻るよ」 「い、いや、キースがさ、ディノが迎えに来てくれるからここで待ってろって言ってた!」
「ディノが?」
「お、おう」


 なんとなく、ディノの名前が出るとやっぱり嬉しそうな気がする。
 なんだろうな。
 どうやったらいいんだろう。


 毎日、諦めようと思うのに、心臓は自分の言う事を一つも教えてはくれやしない。  きっと、フェイスの特別は当たり前だけど、ブラッドやディノで、あいつはこの研修期間が終わったら同室の年下がいたことなんて忘れてしまうんだろうなと思う。


 飲みに行くと言った2人の背中を見送って、リビングのソファに腰をかけた。
 ギターでも鳴らそうかと思っていたが、どうにもそういう気持ちになれなくて屋上庭園へと足を運ぶ。


「……」


 空には月が昇っていて、冷たい夜風が頬を揺らす。
 そんな中ーーー


「…グレイ?」
「…ジュニアくん?」


 年上の同期を見つけた。


「どうかしたの?」
「今日、みんな出払ったから……ってグレイはどうしてここに?」
「うん……ちょっとね……」
「……」
 そういえば、グレイと仲良くなったきっかけもこんな感じだった。
 どう見ても悩んでいるという表情をしていて、あの時は人助けしろというキースからのお達しで近づいた。
 けれど今は、
「……なんか悩んでるのか?」
 単純に『友達』だから力になりたいと思った。
「……なんだかジュニアくんとはこういう時に出会っちゃうな」
「おれも思った」
「……」
 そう言うと辛そうに笑った。
「ゴーグルと何かあったのか?」
 そして、グレイが悩む原因は大体知っている。
「……え」
「グレイが困ったり悩んだりする理由なんて大体ビリーのことだろ」
 そう言うと、あっけにとられた顔をして、それからあわあわと顔を真っ赤にする。
「……そ、そんなに、わかりやすいかな…」
「そういうわけじゃねーけど……まぁ」
 素直に言えばあわあわとグレイは手を動かした。


 その様子に、気になっている事を尋ねた。
「……グレイって、ゴーグルと付き合ってるのか?」
「え、つ、付き合ってないよ!」
「え、そうなのか?!」
 あんな仲良しなのに?と思っていると、
「ビリーくんは……明るくて優しくて……気遣いが出来て、可愛くて……友達でいられるだけでも奇跡みたいなもので…」
「……」
 そして、その否定の言葉がどういう意味なのか、ジュニアが解らないほど子供ではなかった。


「…だけど、グレイは、好きなんだろ?」


 言ってはいけなかったのかもしれない。
 それでも、つい聞かずにはいられなかった。
 それは自分が誰かに掬い上げて欲しかった気持ちだったかもしれない。


「……っ」


 目を見開いて、それから唇を噛みしめてーーーけれど、
「…うん」
 大切な気持ちをグレイは吐露した。
「……おれ、」
「……」
「ふたりは付き合ってるんだと思ってた」
「…ち、違うよ!」
「そっか」
 

「……あの」
「うん?」
「ジュニアくんこそ、フェイスくんと付き合ってるの……?」
「はぁ!?」
「ち、違うの?」
「そんなんじゃねえ、あいつとなんてーーー」
 付き合ってなんかねえと言おうと思って唇を閉ざした。
 相手の秘密を曝いておいて、自分だけ隠すのはフェアじゃないと思った。
 これが他の相手ならばきっと隠し通したかもしれない。
 けれど、相手がグレイなのだ。


 グレイの前だと、何故かそういう肩肘を張る必要はないのだと思わされる。
 それはディノの前と同じで、相手が本当に悪気ひとつなくて、優しさしかないからかもしれない。
 自分は悪意や嫌悪感は跳ね返せるが、好意には弱い。
 だってしょうがない。
 自分を好きだと、優しくしたいと思ってくれる相手の手をどうしてはねのけられるだろうか。


「……おれの、片思い」
「……え」
「グレイも言ってくれたからおれも言う。おれの片思い。まぁ、絶対適わないけどな」
「……」
 うまく、笑えてるだろうか。
 不格好になってないかと思いながらも、ジュニアはグレイを見た。


「……そっか」
「……」
「一緒だね……」
「ああ」

 余りにも欲しくなかった『おそろい』。
 お互い消そうと思っていた片思い。
 けれど、それでも誰かに知って欲しかった。
 誰かに肯定してほしかった。

 誰かを好きになったのは間違いじゃないんだと。


「……はじめは、なんだこいつって思ったんだけど」
「うん」
「どんどん知っていって、人をからかったりばかにするけど、でも時々優しくて、」
「うん」
「……ああ、こいつも『ヒーロー』なんだって思って、ずっと一緒にいたいなって思ったら、」
「うん」
「……ああ、好きだなっておもった」
 ベンチにもたれながら伝えれば、グレイは頷きながら『わかる』と言いたげな顔で見てくれた。


「……ぼくも」
「……」
「最初は、ただの友達で良かったのに。それだけで十分だったのに。でも…」
「うん」
「だんだん、それだけじゃ足りなくなって、ずっと一緒にいたい、一番になりたいって思うようになって…」
「うん」
「ビリーくんは、フェイスくんと仲良しで、ベスティっていつも言ってて、どんなに頑張っても僕は一番になれないんだな…って思って」
「……うん」
「こんなにおかしいって思っても止められなくて、……好きで、好きで、どうしようもなくて」
「……うん」
「だけど、こんなの誰にも言えないって思ってた」
「……」
「……」
「……クソDJなら」
「……」
「あいつ、ディノの事好きだから、多分大丈夫だぞ」
「そ、そうかな……でも、ビリーくんが好きだったらやっぱり……」
「……」
「……ジュニアくん?」
「あのさ、こういう事言ったらいけないんだろうけどさ」
「……え」
「グレイに聞いて貰えて良かった」
「……」
 そう言えば、グレイの蜂蜜が蕩けるように微笑んだ。
「……うん、僕も」
「……だけど、おれはグレイが羨ましい」
「え」
「だって、グレイはさ、ゴーグルの友達になれても、おれはクソDJの友達にもなれねえもん」
「そうかな…」
「きっと、どれだけ頑張っても、ルーキー研修が終わったら、あいつにとっておれは人生で3年間傍にいただけの存在にしかなれない気がする」
「……ジュニアくん」
 そんなことはないよ、と声にしようと思って、でも声には出来なかった。
 代わりに、グレイに言えたのは、
「……あの、もしもまた、」
「……ん?」
「吐き出したい時は、ジュニアくんに頼ってもいいかな……?」
 そんな言葉で、
 でも、
「おう!おれもグレイのこと、頼りにしてるからな!」


 誰かに言えるということだけで、想いが少しだけ報われた気がした。
 互いの瞳から、頬に流れる熱さに気づきながらも笑える、それだけでまだ大丈夫だと思える気がした