妄執の監獄 承

  「また、お兄さんのこと考えてるの?」
「……ベッドで他の男の名前出すのってルール違反だって言ってなかったか?」
 行為が終わった後、気怠い体がベッドに沈んでいく感じが好きだった。
 フェイスがジュニアの世話を焼いてくれるのも。
 天井を見ながら、頬に水の入ったペットボトルがあてられる。ひんやりとした感触が火照った体には心地良かった。
「だって、最近携帯見てため息ついてるでしょ」
「……お前といる時はお前のことしか考えてねえよ」
 ジュニアがそう言えば、フェイスの口元が更に深く結ばれた。
「……あっ」
「そんなこと言われたら、またシタくなっちゃった」
 そう言って、双丘がそっと撫でられるが、すでに3ラウンド終了しているからか、フェイスの肉棒が勃ちあがってはいなかった。
「また明日スればいいだろ?DJの仕事、明日もないって言ってたし……デートなんだし」
「アハ、そうだね……っていうか、もう今日か」
 時間を見ればもうすでに0時は終わっている。
 このまま寝てしまいたいけれど、後始末をせずに寝たら悲惨なことは目に見えている。
 スキンを使えばいいのだろうけれど、この部屋では薄い膜ひとつでも邪魔されることなくぴたりとくっついていたかった。
 HELIOSの最先端技術はすさまじく、ヒーロー同士で『そういう事』をする人間が多い、というのは2人が恋人になってから知ったことだった。
 その為か、同性同士の性行為についても技術は発展していて、体格の違うジュニアに平均と比較してもデカすぎるフェイスのモノが根元まで埋まるのは特製ローションのお陰としか言えない。
 このタワー以外ならば早くて数ヶ月は拡張しなければいけないと言われたのは、まさかの新人研修であったが。
 ついでにナカだししてもサブスタンスの影響でお腹も痛くならないよ、と笑顔のノヴァに言われたときはルーキー全員がいたたまれなかった。
 そのうち、本当に男性同士、女性同士での妊娠も開発してしまいそうな勢いだが、さすがにそこまで追求する勇気がある人間はいなかった。
 まぁ、そんなワケで体を壊すことはないのだが、さすがに後孔に入っている精液だけは取り除かなければならない。
 水をとりに行った時にバスタブにはった湯がそろそろ溜まった頃だろうと思い、フェイスはジュニアを抱きかかえて風呂にむかう。
 慣れていない頃は、自分で歩くと言っていたが、朝を迎える頃には回復していても、さすがに行為が終わった直前では歩くのが無理という事はジュニアも身をもって知っている。
 それに、フェイスは前戯も後始末も何故か好きだった。
 面倒臭いだろう、と思うけれども恋人としてのやりとりでしょ、と言われると何も言えない。
 恥ずかしくてわーわー叫んでいた、恋人になったばかりの頃と違って今では慣れたものだ。
 壁に手をついて、そして、尻を大きく突き出す。
 精液が零れている後孔にそっとフェイスの長くて細い指が挿れられて、ナカのモノを掻き出そうとする。
 その行為が恥ずかしくてたまらないけれども、フェイスが嫌じゃないならそれでいいとジュニアも今は思っている。
 後ろからされる事や、顔が見えない行為は嫌いだが。
 自分の恥ずかしいところ全部見られて、曝して、それでも好きだと言ってくれる恋人が可愛くて愛しかった。
「ん……あっ…」
「こーら、指、締め付けたらだめでしょ?」
 ただ唯一、折角出された精液を外に出してしまうのだけは勿体ないと思うのだが。
 同性同士でなければ、本来なら子胤だっただろうそれ。
 もしも、技術が発展したら、自分はフェイスとの子供を孕むことができるのだろうか、なんて不毛な考え。
 子供が欲しいかどうかと聞かれるとどっちでもよかった。
 嫌いではないけれど、特段好きなわけではない。
 大事なのは子供というカテゴリーではなく、個人としての在り方だ。
 だけれど、もしも、フェイスとの子供ができるかもしれないと言われたら自分は喜んでしまうんだろうな、とも思う。
 かつて会ったリトルフェイスの顔を思い浮かべて笑みが零れる。  


「……あっ、ん……んんっ…」
「……全部出たよ」
「……うん」
 頑張ったね、と顔を振り向かされて頬に口づけを送られる。
「……最後、何考えてたの?」
「うん?」
「……俺以外のこと?」
「……技術が発達したら、お前との子供、できんのかなって思ってた」
「……」
「お前に似てたらブラッドとか、滅茶苦茶可愛がりそう」
 先にバスタブに入ってしまえば拗ねたように「他の男の名前出さないでよ」と唇を尖らせる。
「お前だって、兄ちゃんの名前出したじゃん」
 そういえばフェイスは何も言わない。
「しかえし」
「……ブラッドとお兄さんの名前は今後禁止ね」
「賛成」
 そう言ってウシシと笑うジュニアを追いかけて入ってきたフェイスは後ろから抱きしめる。
「……で?」
「うん?」
「お兄さんと仲直りできないの?」
「……早速ルール違反じゃねえか」
「今日だけ」
「……」
 フェイスの言葉にジュニアはため息を吐いて、それから「そうだよ」と言う。
「……」
「多分、他の事なら笑ってごまかせたけど、お前のこと、馬鹿にされたのは兄ちゃんでも許せなかった」>
「……うん、でも」
「わかってるよ、兄ちゃんはお前だって知らないってことも」
「そうだね」
「馬鹿にされたのは、単なる想像の人物で、お前じゃない。でも、わかってても嫌なんだ」
「……まぁ、悪くないのにこっちが謝るのも違うしね」
「…………おう」
 自分にも経験がある。
 ブラッドにいつのまにか突き飛ばされて、そして手を差し伸べて立ち上がらせて貰えずに這ってここまで来たのだ。
 腕の中にいる恋人に立ち上がり方を教えて貰わなければ、自分はきっと駄目になっていた。
 ディノに歩き方を教えて貰って、キースに地図を貰った。
 きっとウエストセクターでなければ、自分は今のようなヒーローへの気持ちはなかったに違いない。  


 正直、今でもブラッドが何を考えて自分を引き離したのか解らない。
 ヒーローにただなって欲しくないだけだったらもっとやりようが幾らでもあるだろう。
 ヒーローになって解った事だが、兄という存在は割とどうしようもない。
 それはブラッドにも言えるし、クリスにも言える。
 憧れと尊敬を抱いていた相手に対してそれで何かが変わるわけではないが、ジュニア共々、割と兄という存在は思ったよりもみっともなくて格好悪い生き物だというのは日々確認していることだった。


「でもさ、ずーっとこのまま拗れるのも嫌でしょ?」
「……それは、そうだけど…」
「だからさ」
 抱きしめた腕の力を強めた。
 このぬくもりはもう誰に言われてもお互い離せない。
 それこそ自分たちの兄が別れろと言っても無理だ。
 それに、敵ばかりじゃない。キースも、ディノも、友人であるビリーやグレイも自分達の味方をしてくれる。
 自分達2人で立ってるわけじゃない、それがどれだけ心強いか。


「俺も、お兄さんに言いにいくよ」
「……え?」
「俺が、おチビちゃんの恋人ですって」
「……」
 そういえば、ジュニアの目が驚愕の色を見せる。
「……駄目かな?」
「……っ」
 その言葉にジュニアがバスタブの中でゆっくりと方向を回転させた。
 そして、フェイスに自分から抱きつく。
「……」
「だめ、じゃない」
「……うん」
「……フェイス」
「うん?」
「おれ、おまえのこと、すっげー大好きだ」
「……俺もおチビちゃんのこと、愛してるよ」
 そう言って視線があえば当たり前のように口づけを交わす。
 触れるだけのそれだけでも幸せだと心底思う。
 けれど、さっきまであれだけシタのに足りないとジュニアは思ってしまった。
「……なんか、またシタくなってきた…」
「今日の夜ね」
「……うん」
 自分の言われた事を返せば残念そうに、けれどジュニアは頷いた。
「次のオフ」
「……うん」
「兄ちゃんに一緒に会いに行ってくれるか…?」
「勿論」
 そう言えば恋人達はまた口づけを交わす。
 動く度にたつ水音が、どことなく嬉しそうに聞こえた。






 「ごめんなレオ。兄ちゃん、レオが恋人がいるって聞いて動揺しちゃって。今度レオの恋人に会わせてくれたら嬉しいな」


 そういえばすぐにすむ、と解っていても上手く出来ない。
 弟離れをしようって思ったくせに、自分は出来ないままだ。
「……」
 なら、全て情報をシャットアウトできたらいいのにそれも出来ない。
 こういう時、情けなくもレオの友人にクリスは頼ってしまうのだ。
 レオの、弟の友人であり同室でもある彼に連絡するとすぐに、とは言わないが時間が経過すればちゃんと彼は返事を返してくれる。
 同僚達が「フェイス・ビームスはウエストセクターの女全員を抱いたナンパな男」と話していたが、少なくともクリスからみてフェイスは律儀で面倒見の良い男だった。
 年相応に捻くれていて、年相応に素直で、どこか達観しているようで、余り執着を見せない、それが彼だった。
 けれど、フェイスと出会った日のことを今でも忘れない。


『アナタが思ってるほどおチビちゃんは子どもじゃないし弱くもないと思いますよ』
 目を背けたかった事柄を突きつけられた。
 レオには、弟のは自分がいないと駄目なんだとずっと思いたかった。
 いや、違う。
 レオには自分がいないと駄目だ、と囁く。
 過去の自分ならその通りだと同調していた。
 けれど、もうその甘い囁きに身を委ねられない。
 大切に甘やかして、大事にしてあげて、困ったらすぐに手を差し伸べてあげて。
 レオはそれを必要としていたのか?
 必要としていたじゃないか、だって、あの子はあんなに「にいに」と笑ってくれた。
 傍に居ることこそが正解だったんだ。
 でも、それは本当は、
「……違う」
 本当はレオのためなんかじゃなかった。
「……っ」
 過去の自分にしてほしかったこと。
 挫折したのは自分のせい。
 自分が向いてないと決めたから。父親のせいなんかじゃない。本当は父親だって期待してくれていた。
 でも、振り払って、もう無理だと、重圧に耐えきれないと逃げ出した。
 弟に全部押しつけて。
 生まれた時から可哀相だと、同情していた。
 でも、弟は……
『甘やかさなくても肯定してあげなくても、極論的には、周りに誰も味方がいなくても……』


 だって、そうじゃなきゃ、自分の存在理由なんてないじゃないか。


『おチビちゃんはひとりで前に進めるくらい強い人間だと、俺は思います』


 レオだけが、弟だけが自分を必要してくれた。
 だから、自分は生きて行けた。
 でも、本当は?
 本当は逆だったのではないか。
 自分がレオを守ってきたんじゃなくて、本当は、本当は……


 ―――――レオが、俺に役目を与えてくれたから、自分は今まで生きてこられたんじゃないだろうか?


 だとしたら、自分がレオに向けているのは兄弟愛でもなく、恋心でもなくて、ただの―――――――


「……っ」
「クリス?」
「……あ」
 気がつけば爪先が紫色になるほどに左手を握りしめていた。
「どうしたんだ?具合悪いのか?」
「いや……なんでもないよ……」
「なんなら、早退してもいいんだぞ……?」
「大丈夫だよ…」
「そうか…?」
 心配そうにする同僚達に作り笑いを返す。
「まぁ、無理だけはするなよ?」
「ああ……」
 無理。
 単に弟と喧嘩して、一週間会ってないだけ。
 普通ならたったそれだけの事。なのに、クリスにとっては身が引き裂かれるほどに苦しい。
 フェイスに一言、『レオ、元気かな?』と送る。
 こんなの本人に聞けば良い。
 弟離れの最中だとはいえ、こんなこと周囲に聞くのが間違っている。
 けれど、フェイスは律儀に『元気ですよ』とメッセージを返してくれる。
「……」
 それに対して良かった筈なのに、何故か落胆している自分がいる。
 傷ついてないほうがいいはずなのに、自分のことでレオに、弟に傷ついて欲しいのだ。
 弟には自分の存在が特別であってほしかった。
「……っ」
 フェイスから次に送られてきたのは満面の笑み。
 昼食をセクターの4人でとったのか、ベンチに座って嬉しそうにフェイスの肩にジュニアの頭は寄りかかって微笑んでいる。
 キースとディノも一緒に4人でどこかに遊びにいっているようだった。
 その幸せそうな光景はまるで自分がいなくてもいい、と現しているようだった。


 それは、


「……」


 脳裏に父親の背中を思いだして、唇を噛みしめてしまう。
「……あ…」
 仕事に集中出来ずに、コーヒーカップが床にガシャンと落ちていく。
「クリスさん、大丈夫ですか?」
 部下の女性が心配そうにしてクリスに近づいてくる。
 周りも大丈夫かとクリスを見つめていた。
「あ……」
 慌てて、コーヒーカップを拾う。
 誕生日に弟が買ってくれた使い古したカップ。それに対してヒビが入っている。
「……うん、大丈夫」
 大丈夫、なんかじゃない。
「良かったです、怪我無くて」
「うん……」
 そのカップの傷が、まるで今の自分とレオの関係を表しているようだった。
「あの……もしよければ、新しいカップが倉庫にあるので、とりかえ
「いや、いいよ」
「……っ」
 女性はあくまで親切のつもりで言ってくれたのだろう。
 けれど、クリスはそれに対して上手く取り繕えなかった。
「……そ、そうですよね……思い入れもありますよね…」
「あ…」
「ごめんなさい」
 そういって頭を下げる女性にクリスは何も言えない。
 でも嫌だったのだ。
 新しく取り替えるというのは、棄てるということはまるでレオとの関係を白紙にされてしまうようで。


 結局、その後も仕事は散々だった。



 怒られるのも苦しいし、辛いが、優しくされ続けるというのも辛い。
 クリスはミスらしいミスはないものの、やはり体調が優れないのだろうと判断されて無理矢理早退させられた。
 かといって、体を休めたところでどうにもならない。メンタルの問題なのだから。
「……」
 どうしたものか、と適当に歩き出す。
 家に帰る気持ちにもなれなくて、ぶらぶらとしていると自然とイエローウエストへと体はむかっていた。
「……」
 自分は何をしているだろう、とクリスは思う。
 弟に会って、何を言うのだ?ごめんね、と言えばいいのだろうか。
 クリスは自分の気持ちがわからないまま、ただ彷徨う。  


 自分は未だに父親の手を振りほどいてから、ずっと迷子のままなのかもしれない。


「……あ」
 そんな中、探していた、ずっと会いたかった弟が目の前に現れた。
「……っ」
 前方で、似つかわしくないアクセサリーショップから出てくる。
 その様子に、心臓が針金のようにズキズキと音をたてながら、早くなる。
 恋人と一緒に居るのだろうか?と思ったが、一緒に出てきたのは同僚であるフェイスで安心した。
 なんだ、良かった、と思い、声をかけようとした、ときだった。


 弟が背伸びして、フェイスに耳打ちする。
 頬を赤らめる姿に、クリスは動きを止めた。
 ゆっくりと弟が離れるとフェイスは嬉しそうに微笑む。
 友達の会話だ、何も変なことではない、と思った。
 そう、思いたかった。


 けれど、弟と友人は手を握って、どこかへと歩き出す。
 辞めろ、と警鐘を鳴らすのに自分の体は止まらない。
 2人はゆっくりとむかっていく。
 夕暮れ時のイエローウエストは若者の街だけあって煌びやかな街へと徐々に夜の顔を見せていく。
 レオに手を引かれて、フェイスは歩いて行く。
 カジノに、遊園地、クラブに映画館。
 子供から大人まで楽しめるその街は楽しくてまるでおもちゃ箱のようではあるが、同時に危険の多く治安の悪い街としても有名だ。
 レオはクリスに気付かない。ただ隣にいるフェイスの手を握って嬉しそうにはしゃいでいる。


 かつて、父親に見向きもされずにいた自分の元にやってきてくれたかわいい弟。
 けれど、弟はもう自分のところにはやってきてくれない。


「……」


 どうしたらいいのか解らずただその光景を見ていると、2人の足が止まった。
 レオはどうしたのか、と言いたげにフェイスを見る。
 ゆっくりとフェイスが振り返った。


「クソDJ?」


 こんな人混みのなかでも、彼を呼ぶ弟の声は鮮明に聞こえる。
 フェイスがレオを呼び、2人で何かをそれからゆっくりとこちらに近づいてきた。
 そして、


「お兄さん」


 自分の欲しいわけじゃない声が、自分の耳に届いた。






 予定のないオフの日は2人で過ごすのが当たり前になっていた。
 これにキースやディノ、あるいはグレイやビリーが加わるときもあるものの、それが2人の暗黙のルールになっていた。
 フェイスとしては付き合う前に、一斉オフの日があって、クラブのメンバーと遊ぶことになっていたためジュニアを置いていったのだが、心底帰ってきて「一緒にくる?」と聞けば良かったと後悔した。
 何分、この太陽のように誰も彼もを惹きつける恋人は、帰ってきたらアッシュと仲良くなってバンドのライブに誘っていたのだから。
 そういえば、今度のライブはアッシュを誘うライブではなかっただろうか、と思って少しだけげんなりする。
 自分がクラブでDJする日とジュニアがライブする日は大体被っている事が多くて、自分もジュニアのライブを見たいと思うのだが予定が合わないのはしょうがない。
 ロックは性に合わないのは今でも変わらない。
 だが、自分がジュニアを好きになったから、という理由よりはジュニアの成長によって彼の奏でる曲はけしてただうるさいだけのロックではなくなった。
 有名バンドのような―――というのはさすがに褒めすぎではあるが、音に色香が纏い、艶っぽくなった。  耳障りの悪い曲が、旋律を整えて昇華されたように思える。
 それは彼が今作ってるラブソングを聞けば一目瞭然ともいえる。ラブソングを歌うのに、その恋を体験する必要はないけれど、本当の恋を知ったからなのか、酷く実感の籠もった音や歌になっているとフェイスは思う。
 元々、ハードロックとラブソングは切っても切れない関係だ。
 zzzzは今までジュニアがいるから避けていたのかもしれないが、本人が思いを、うぬぼれでなければ自分を思って作ったそのラブソングは酷くフェイスの心を揺さぶった。
 その曲をライブで歌いたいというのだから、フェイスとしては何がなんでもライブの日に行こう、と決めていた。
 後方彼氏面ではなく、前方彼氏面で。
 この子が好きなのは自分で、自分が好きなのはこの子なんだよって全世界に言いたい気持ち。
 まぁ、そのためにはまずはジュニアと兄を仲直りさせなければならないのだが。


 午前のパトロールが終わって、午後は4人揃ってオフで。
 ウエストセクターのルーキー研修チームの4人で食事をとり、折角だから着替えて街に繰り出そうか、という時だった。
「げ……ディノ、緊急会議だ」
「えぇ~……久しぶりに4人でどっか行けるかと思ったのに……」
 残念というディノにフェイスもジュニアも残念に思う。
「……ったく、ブラッドのヤツも気をきかせろよな」
「……まぁ、ブラッドも別に狙ったわけじゃねえんだろうし…」
「ううん…残念だけどジュニアの言うとおりだよな!」
「まぁ、今度のオフは4人で遊べばいいでしょ」
「うん、そうだよな……うん!2人がそう言ってくれるの、凄く嬉しい!キース、頑張ろうな♪」
「……面倒くせえ……ディノ、お前がひとりでいって聞いて…」
「だめだめ、そんなのラブアンドピースじゃないだろ?キースも頑張ろう」
「でもよぉ……」
「ふぁっく!クソメンター、ディノがこういってるんだから、さっさと行け!」
「そうそう、ディノ1人でやらせるの大変でしょ?」
「……うちのメンティーはどっちもディノ贔屓で俺は悲しいぞ……」
 はぁ、とため息を吐くキースを連れて、「それじゃあ行ってくるな!」とディノは手を振る。
 仕方ない。
 キースのことも尊敬はしているのだが、何分、日頃の行いが悪い。
 フェイスもジュニアも2人を見送って、「おチビちゃん、午後、どうする?」と聞かれる。
「……え?」
「え?じゃなくてさ、二人きりだよ?部屋でのんびりする?それともデートする?」
「ぴ!」
 そう顔を近づけて聞けば、あれだけ夜は大胆に誘うのに、デートするのは恥ずかしいらしく顔を真っ赤にしてジュニアは反応する。
「で、でで、デート……」
「アハ、まだ慣れない?」
 もう両手で埋まるくらいしているのに。とフェイスは思うがこの初々しさがたまらなく愛しい。
 大胆に夜の行為を誘う姿も、おずおずと誘う姿も、自分の前だけで乱れる姿も可愛いし、昼間、こうして自分の一言一言にコロコロと表情を変える姿も愛しくて可愛い。
 そのくせ、同僚でありヒーローとしての姿は誰よりも格好良いのだから、もう惚れるなというほうが無理だとフェイスは思う。
 公私混合はしない、というのが付き合う時のルールだけれども、恋人としても同僚としても惚れ込んでいる。
  それはきっとジュニアも同じだろうと思うけれど。
「どこか行きたいところある?」
「行きたいところっていうか……」
「うん?」
「……新しいレコード欲しいんだけど……」
「……」
「……」
 顔を真っ赤にする恋人の言葉の意味を一瞬考える。
 付き合う前、フェイスはジュニアとちょっとしたこと諍いをしたことがある。
 レコードプレイヤーを自分で買うと言うジュニアに自分のを使えばいい、とまた片思い同士だった時のことだ。
 少しでも好きな相手に触れたくて、肩を並べて曲を聴いている時間があったらどんなに幸せだろうという気持ちと、研修チームが終わって離れる準備をされているようで辛かった。
 後で聞けば、ブラッドにレコードを贈った話を聞いて少しだけ嫉妬してくれたと知った時にはなんて可愛いんだろうと思えてならなかったが。
「買ってあげようか?」
「ふぁっく!そうやってすぐに俺に貢ごうとするの辞めろよな!」
「……ひどい、ただおチビちゃんに喜んでほしいだけなのに」
「そう言って、この前やたら高い服買ってきただろ……」
「だって、16年間おチビちゃんに会えなかった分、色々贈りたくなるのは当然じゃない?」
 俺だって、お兄さんに嫉妬してるんだよね、と言うのはさすがに辞めた。
 普段なら言えたらだろうけれど、今は喧嘩しているのだから。
「お、おれだって……お前と会ってなかった19年間、いろいろ……したい」
「……おチビちゃんがそのうち生きてたのは16年間だけどね」
「ふぁっく!んなのわかってるよ!」
 そう頬を膨らませる顔さえ愛しい。
 そうやって、目の前に居てくれるだけで幸せなんだよ、って言ったらいいんだろうけど、きっと言ったところで相手も同じだ。
 本当は前はお兄さんが選んでいたような服を徐々に自分好みにしていくのが嬉しくてついやってしまうことなのだが。
「じゃあさ、今度はおチビちゃんが俺の服選んでよ」
「おれが?」
「うん」
「……おれ、お前ほど金ないんだけど」
「別にいいよ、そこは」
「いや、よくねえだろ」
「いいの、いいの。それじゃあ、まずはデートの服を選ぼうか」
「……」
「おチビちゃんは俺が、俺の服はおチビちゃんが選んでよ」
「……ウシシ、変な服にしてやる」
「ちょっと、そんな服持ってないしやめてよね」
「いいんだよ。お前の良いところは俺が知ってればいーんだから」
「……え、なに、それ」
「ほら、選ぼうぜ」
 突如見せる独占欲が可愛くて、2人揃って部屋に戻ってクローゼットを開く。
 その途中で噂の彼の兄からの連絡が入る。


「……」


『レオ、元気かな?』
 その連絡を弟にすればいいのに、と思いながらフェイスは先程ディノが共有した写真と共に『元気ですよ』と返す。
 かつてはこの人に嫉妬していたこともあった。
 けれど、今では特に何も思わない。ただの恋人の兄だな、と思うだけだ。
 ジュニアを自分のモノにできたことへの余裕なのか、あるいは自分こそが彼の傍に居られる優越感なのかは解らない。
「クソDJ?どうかしたのか?」
 なんでもないよ、と言おうと思ったが隠すことでもないので素直に「おチビちゃんのお兄さんから連絡きた」と告げる。
「は?兄ちゃんから?なんでだよ!」
「知らないよ、気まずかったんじゃない?おチビちゃん、元気?って」
「……」
「おチビちゃん?」
「……どうしよう」
「え?」
「兄ちゃんもクソDJのこと好きだったら……」
「いや、それはないでしょ」
「だって、昨日みんなで見た映画がそんなんだったじゃねえか…双子の姉妹が同じ男を好きになるっていう……」
「その理論だとブラッドもおチビちゃんを好きになることにならない?」
「……でも、親父もクソDJのこと、多分気に入ってるし……」
「ヒーローとして、でしょ?恋人はおチビちゃん1人だけだよ、俺が死ぬまでね」
「……ばか、違うだろ。おれが死ぬまでだ」
 その言葉に、俺より長く生きるんだ?とはからかえなかった。
 なにせディノの件がある。
 どちらが先に死ぬかは解らない。
 けれど、フェイスはジュニアがいない世界では生きて行けないし、それでいいと思う。
 もしも我が儘を言うのなら一緒に死ねたらいいのだけれどもそんな願いはさすがに叶わないだろう。
「……お兄さんから返事が返ってきたら言おうかな」
「何を?」
「話があるので時間をくださいって」
「……あ」
 その言葉に昨日の夜――――――ではなく、今日の朝方の言葉を思いだしたらしくジュニアの顔が真っ赤に染まる。
「……おう」
「アハ、お兄さんに反対されたりして」
「……大丈夫だろ、兄ちゃんもクソDJのことは気に入ってるみたいだし」
「そうかな、そうだといいんだけど」
 そうだといい。
 心の底からそう思う。


 時折、あの人がジュニアを見る瞳は恐かった。
 支配しようとしているような、大事に大事に、どこにも行けないように鳥籠にしまおうとしているような、そんな恐ろしさ。
 愛情、といえば聞こえはいい。
 見守ってきたといえば優しいのかもしれない。
 けれど、実際は『自分が思い描くレオナルド・ライト・jr』でいてほしかっただけなんじゃないか、と思う。
 さすがに余所の家庭の事情まで、それこそ恋人であっても踏み込む気はない。
 ジュニアのことならともかく、兄のことまではつつくつもりはフェイスにはない。
 だが、時折彼が覗かせるヒーローへの憧れや未練を、まるでジュニアにぶつけているような気がしてならないのだ。
 今は仕事をしていて充実している、と言っていたが本当だろうか。
 否、ヒーローに対してはともかく、
 父親に対しての未練はあるのは間違えない気がした。
 自分が得られなかった愛情を、ジュニアに求めているのではないだろうか、などと考えてこれ以上は辞めようと、フェイスはジュニアの手を握った。
「それじゃあ、行こうか?」
「おう!」


 もしも、彼が自分の恋人を傷つけるようなことがあればその時に守れば良い。
 そう考えて。
 2人で話していたとおり、フェイスの行きつけの穴場のレコード屋に行く。
 少しだけ高い、ジュニアの欲しがっていたロックバンドのレコードを買うか悩んでいたので、フェイスが買ってあげようか、と言ったが「それじゃあ駄目だって言っただろ」と言われて断念した。
 今度のクリスマスにでも贈ろうかなと思いつつ、それだと数ヶ月ある思えて残念に思えた。
 正直、毎日でも両手いっぱいのプレゼントを贈りたいのだが。
 その後、どうしようか、と思って歩いていると、アクセサリーショップを見つける。
 ノースならともかく、ウエストでこういったアクセサリーショップは珍しい。
「なぁ、入ってみようぜ」とジュニアに言われて断る理由もなかったので2人は中へと入った。
 とはいえ、ウエストでアクセサリーショップ、しかも表通りから離れた裏路地という条件で気付くべきだった。
「ぴぎゃ!」
 最初はリングやピアスなど、真っ当なアクセサリーばかりだったので解らなかったが奥に入ると理解する。
 アクセサリーショップはアクセサリーショップでも、セックスアクセサリー―――つまりは大人のコンビニだったのだ。
 棚にはこれでもかと大きいディルドや、ローター、アナルビーズが並んでいる。
「……おチビちゃん、大丈夫?」
「お……」
「お?」
「おまえのほうがデカイな……」
「……」
 顔を真っ赤にして言う言葉に今度はフェイスのほうが照れてしまう。
「……ちょっと、そんなのを比べないでよね」
「ふぁっく!比べてないし!お、お前の以外、挿れたいって思わないし……」
「ん……」
 わざとやってるのかなこの子、と今すぐモーテルに連れ込むか、タワーに連れて帰って抱き潰したくなった。
「……」
「帰る?」 「う、うーん……」
 恥ずかしがってはいるけれども興味があるのか、ジュニアは視線を彷徨わせる。
 けれど、大人の玩具が並ぶ棚はさすがに嫌なのか、気まずそうにしている。
「………つ、使った事あるのもあるな……」
「まぁ、……そうだね」
 落ち着いてきたのかそう答えるも、尿道ブジーやローションは使った事があるのでそこまで反応していない。
 していないが、フェイスにされたことを思いだしてるのだろう、頬をさっきよりも赤い気がした。
 この異様な空間にも、フェイスは慣れて、それよりもくるくる回る恋人の表情のほうが余程見ていて楽しい。
 そう思っていると、手錠やら、縄などまで並んでいる中、ジュニアの視線が一箇所に止まる。
「……」
 チョーカーにも見えるが、間違えなくそれは首輪だった。
「……」
 かつてのジュニアならロックだな!と思っていただろうが、この空間と、両手で数えきれないくらいにはした行為によって何に使うのかは理解しているようだった。
 黒色にマゼンタが差し色に入っているその首輪を見て、ジュニアは唾を呑んだ。
「……」
 勝ち気で正義感の強い子は見かけによらず、否、そうしたことによる反動なのか、夜は少し被虐性癖を持っている事をフェイスは知っている。
 昼間は自由にどこまでも前へ前へと進んでいく相棒が、夜になるとまるで自分に支配されたり揶揄されると感じる恋人としてのギャップが溜まらなく愛しい。
 きっと、縄で縛ったり、手錠で身動きをとれなくしたら感じてしまうのかもしれないが、フェイスも独占欲や支配欲は多少あれど、別にジュニアの体を傷つけたいわけじゃない。
 別にそんなことをしなくてもお互い満足しているし、マンネリになっているわけでもない。
 ないが――――――


「……おチビちゃん」
「く、クソDJ?」
「……つけてみたい?」


 恋人がこれをつけて、自分の下で喘ぐ姿が見たいと思ってしまった。
 耳元で囁けば、肩がびくりと震えた。


「べ、別に……」
 そう言いつつ、目は首輪をじっと見ている。
 ここで揶揄うのも面白いが、そうしたらチャンスを失うということをフェイスはよく理解していた。
「俺は、おチビちゃんがした姿が見たいけどな」
「っ……」
「ねぇ、だめ?」
 そう言えば、ゆっくりと美しいオッドアイがフェイスを捕らえた。
 揺蕩う双眸は戸惑いながらも、期待の色を現している。
 少しだけ考えて、それから恥ずかしそうにこくりと頷いた。
「……お前が、どうしてもっていうなら」
「……」
「……してやってもいい」
「……どうしても、つけてほしいな」
「……」
 そう言えば更に顔が赤くなった。
 カウンターまで持って行くと、ジュニアは恥ずかしそうにしていたが店員は慣れているのかニコニコと笑って紙袋に首輪と―――おまけにチェーンもつけてくれた。
「一緒に新製品のバイブはどうですか?」
 首を傾げて、この店に似つかわしくない少女が尋ねる。
 さすがにジュニアよりは年上だろうが、その姿はフェイスよりは年下に見えた。
「あぁ……俺の以外いらないっていうんで」
「まぁ」
「っ……おい!てめえ!」
 なんで言うんだよ、と言いたげにジュニアがフェイスを咎める。
 しかし、店員は「ラブラブなんですね」というだけだった。
 店の中が暗いため、おそらくはヒーローであるフェイスとジュニアだとは気付かれていないと思うが、おそらくこんなアンダーグラウンドの店では客人の情報を漏らすことはない、と思えた。
 それをしたら信用問題に関わるだろう。
「また、是非いらっしゃってくださいね」
 少女に言われて、2人は店を後にする。
「……」
 非日常を現したような店から出ると、夕暮れからゆっくりと夜へと変わっていくようだった。
「……ふぇいす」
「……」
 期待の色を浮かべてジュニアが蕩けたようにフェイスを見た。
 ただ、性欲を匂わせる玩具に囲まれただけで期待している。
 少し前まで性欲さえあるのか解らないような子が、自分にだけ欲情して夜の顔を見せる。その事にフェイスも期待で体が震えた。
 腕を引っ張って、恥ずかしそうにしているジュニアの口元に耳を寄せてやる。
「――――――したい」
 飾り気のないそのお誘いはフェイスも同様だった。
「……帰ろうか」
「……うん」
 帰って、そして部屋で思い切り可愛がってやりたいと思った。
 買った首輪をつけて、この可愛い恋人の恋人は自分だけなのだと証明したかった。
 首輪と、部屋にある尿道ブジーの組み合わせはきっと映えるに違いない。頭の中でこれからの予定をたてて、悦んでしまう。
 まだ夕方だ。夜は長い。
「……一回シタら、ハンバーグでも頼もうか」
「っ……おう!」
 そう言って、ジュニアの足取りは軽くなる。
 今日の恋人の夜も楽しいものになりそうだ、と想った時だった。
「……クソDJ?」
「……おチビちゃん、ちょっと急いで」
「?」
 そう言ってスピードを速める。
 おかしい、誰かにつけられている。何故?と思いながら、さすがにジュニアも気付いたのか、「新聞記者か何かか?」と言う。
 トリニティならば襲わない理由がないので、おそらくはストーカーか、なにかの記者か、と思ったのだろう。
 しかし、それにしてはどこか覚えのある視線だ。
「……」
 フェイスはどこで、と考えて足を止めた。
 いつもなら誰なのか解ったのに、それを考えなかったのはフェイス自身、彼が弟離れをするといったことと、喧嘩している事実があったからかもしれない。
「クソDJ?」
 自分のことを呼ぶ恋人を無視して、フェイスは足を止めた。
 そして、


「お兄さん」


 名前を呼んで振り返れば、そこには考えていたとおりの人物が立っていた。



「話がしたい」
 そう言われて来たのはグレイと一緒につれて来られた事があるクリスの家。
 あの時はガレージだけだったが、中に通されてその冷たい家に自分は歓迎されていない、とフェイスは感じた。
 クリスの家は案の定、というかやはりジュニアの好きそうなものが沢山あった。
 座って、と言われて通されたリビングの椅子に座ると、当たり前のように隣にジュニアが座ってくれる。
 そんな当然のことが酷く心強かった。
 本当はその辺のダイナーでもいいのだが、一応ヒーローという職業柄プライベートすらあれこれ言われる自分達としては聞かれたくない話でもある。
「……兄ちゃん」
 どう言い出せばいいのか解らなくて少しの沈黙の後、意を決したようにジュニアが顔をあげた。
「前に、兄ちゃんに恋人がいるって言っただろ」
「……うん」
 クリスの表情は動かない。
 話を聞きたいのか、受け付けないのか、フェイスには理解の及ばないことだった。
 ただ、外の人間だから解ること、というのはある。

 この人は、
「おれ、こいつと付き合ってる、んだ……」
 語尾が小さくなる恋人の声はとても可愛くて、照れているのがよくわかる。
 心を温かにしてくれる。
 けれど、この部屋は、主の心は冷え切った氷のようだ。
 おかしい。

 フェイスも、クリスとはそれなりに対話したことがある。
 過保護とも言ってもいいその行動や、父親や弟への愛憎、嫉妬。
 それは間違いない。
 間違いないのだが、彼の中でそれはどのようになっているんだろうか。
 ジュニアに対しての過保護が、単なる弟への愛情ではないことは知っている。
 でも、その燻った感情がどう料理されているのか、だなんてフェイスは知らないし、そこまでクリスを知らない。
 ただ解るのは、彼の瞳の色がどうみても『異常』だということだけだった。

「兄ちゃん、この前、俺が騙されてるんじゃないかって言ってただろ?」
「そう、だな……」
「でも、くそでぃ……フェイスは、俺を騙すようなヤツじゃないし、いつも俺の隣にいて一緒に戦って、支えてくれて……相棒として頼りになるのもそうだけど!でも、恋人としては凄く優しくて……」
「……」
 必死に自分を褒めてくれる恋人の姿はとても可愛くて、どうしようもなく抱きしめたくなるのに、まるでこめかみに銃口をつきつけられている気分がした。
「……俺は、こいつと死ぬまで一緒にいたいって思うんだ」
「……」
 表情の色が見えない。
 ブラッドだってもう少し見えると思う。奈落の底を見ているような、そんな感触。
「……兄ちゃんに認めて欲しいけど、無理ならそれでしょうがないと思う…」
「……うん」
「た、ただ、こいつのことを悪く言うのだけは……やめてほしい……」
 絞り出すようなその声に、フェイスはジュニアの手を握った。
 その仕草に少しだけ、彼が反応した気がした。
 ジュニアには悪いが、フェイスは彼に認めて貰うのは早々に諦めた。
 ただ――――――真意が知りたかった。
「……お兄さんが、俺を認められないっていうのは解ります」
「……そんなことは…」
「あるでしょう?おチビちゃんは大事な弟ですし、俺は確かに適当で面倒臭がりで評判もそんなによくはないですしね」
「クソDJ!」
 咎めるように言うジュニアは、自分のことを卑下するなと言いたいのだろう。申し訳無い、彼の言う通り胸を貼って前を見ると決めた。だからこれはジュニアにとっては逃げに見えたのかもしれない。
 でも違う。
 大丈夫だから、と言いたくて握っている手の力を強めた。
 するとジュニアは一瞬驚いたものの、信じるようにフェイスを見てくれた。 「……でも、それは俺だからですか?」
「え……」
「もしも、品行方正で、誰からも好かれて、真面目で、立派で……そんな相手だとしても、お兄さんは……」
「……っ」
「誰が相手でも、おチビちゃんの恋人になることは認められないんじゃないんじゃないですか」
「……そんなことは……」
 その戸惑った瞳の色に浮かんだモノをフェイスは間違えない。
 『嫉妬』
 それは、大事な弟が誰かに奪われるからだろうか?
 兄の手を弟が離れていくことにたいして?
 でも、それならば親心とか、兄心とか、心配とか、そういうものではないだろうか。
 フェイスは荒んでいた時期が長い。人に興味がさほどあるわけではない。
 けれど、クラブという場所は人の感情がむき出しになる場所だ。
 純粋に楽しんでいる人物もいれば、無我夢中で何かを忘れたい人物もいる。
 クリスにあった時から、彼が劣等感や嫉妬を抱いている人物だとは思っていた。
 でも、その嫉妬の感情を読み間違えていた、とまではいかなかったが、深く深く思いも寄らないモノだと思わなかった。
 もしかして、この人は――――


「……俺は、お兄さんに認めて貰えなくても、おチビちゃんを手放せませんから」
「!」
「……帰ろう、おチビちゃん」
 そう言って立ち上がるフェイスの手を握り直してジュニアは兄の元から去ろうとする。  その時に、
「……レオ」
 兄がジュニアの手を握りしめた。
 その縋り付くような手を、ジュニアは見つめることしかできなかった。  


   

 一応、ここからフェイジュニ・3P・クリジュニ√に別れる予定です。
ただ、フェイジュニ以外はバッドエンドです……(だって、フェイジュニサイトだから……)