「ただいま~」
おチビちゃんのお陰で久しぶりにクラブに顔を出して楽しい時間を過ごして満足していたところだった。
おチビちゃんに悪いけど、明日ダイナーでハンバーグでも奢ってあげたらいいでしょ、と思っていた。
だけど、すぐにそれを後悔することになる。
「あれ、フェイスひとり?」
すっかりできあがってるキースの隣でディノが驚いた顔をする。
「そうだけど……どうかしたの?」
「……てっきりジュニアと一緒だったのかと思って…」
「え?」
「ジュニア、帰ってきてないんだ。どうしよう、俺、探しにいってくる」
そう言って、立ち上がろうとするディノの姿に全身の血が逆流する感覚がした。
「…ディノ、いいよ」
「フェイス?」
「俺がおチビちゃんのこと探しにいってくるから」
「でも……」
「大丈夫、心当たりがあるんだ」
「……そう?でも、何かあったらすぐに連絡してくれよ」
というか心当たりしかない。
自分のせいでこうなったんだとはさすがに言えず、射撃訓練場へと向かう。
まさか、いや、まだ掃除してるだなんて、と思っていた。
でも、
「~~~~♪」
慌てて向かうと、硝子越しに一人でモップを片手に歌を悲しそうに唄ってるジュニアがいた。
「……嘘でしょ…」
誰かに頼めば良かったのに、と自分が押しつけたくせに思ってしまう。
おチビちゃんは俺に気付かずにモップをバケツに入れて、水を絞ってまたゴシゴシと床に擦りつける。
真面目なおチビちゃんのことだ、上から丁寧に掃除したのだろう。頼まれた時とは段違いだと解るほどに綺麗になった射撃訓練場に今更、後悔した。
でも、それ以上に、
「ジュニアくん」
「えっと、お疲れ様です」
HELIOSの職員だろう。見た事ないが、自分達よりも先輩だということはよくわかる。
「ずっと一人で掃除してるの見て……もしよければ、これ…」
「くれるのか?」
「う、うん……いっつも、頑張ってるなって思って……応援してるんだ」
「本当か?ありがとな!」
そう言って、ジュニアは渡されたものを受け取る。
ただそれだけの様子に男の頬が赤く染まったのが解った。
「あ、あの……今度、一緒にごはんでも…」
「おチビちゃん」
無遠慮におチビちゃんの手を握る男に、いや、誰の許可を得て触ってるわけ?と思う。
いや、わかってる。
全部自分のせいだって。
おチビちゃんを一人にしたらこうなるって解ってた。
「クソDJ」
俺を見つけたら、きっとこっちを見てギャンギャン騒ぐだろう。そしたら自分だけがその目に映る。そう思ってたのに。
「……クラブ、楽しかったかよ」
「……え」
そう男に手を握られたまま、おチビちゃんがふわりと笑った。
それから男に向き直って、
「本当にありがとうな!今度、また話しかけてくれよ!」
「……ジュニアくん…う、うん!またね」
はぁ?またなんて、ないけど?と思いながらも、こっちの気持ちなんて知らない。
ジュニアは貰ったビニールを当たり前のように近くの机に置いた。
よくよく見ると差し入れなのかそこには色んなモノが置かれてる。
「…何それ」
「これか?セイジとか、ジェイとか、あとおばさんとか、職員の人がくれた」
「……」
そうだ、この子は天性の、人を惹きつける才能があるんだと今更思い出す。
自分も魅了された一人じゃないかと。
「……あの」
「うん?」
「怒ってないの?」
「……怒られてえのかよ」
「いや、そうじゃないけど」
そうじゃないけど、怒られないのはまるで自分に興味が抱かれていないのかと勘違いする。
「そりゃ、最初は腹がたったけどよ……」
「……」
「まぁ、アカデミー時代に掃除を一人でやるよう押しつけられるのなんていつものことだったしな」
「……は?」
「別に今更怒ることでもねえっていうか……って、なんだよクソDJ」
「え?」
「なんで、押しつけたお前のほうが恐い顔してるんだよ」
「……」
アカデミー時代。
グレイに語っていた。ひとりぼっちで浮いていたと。
特に気にしていない、と彼は言っていたが、自分でさえブラッドを比べてきた。
友だちと言えるかは不明だが、ビリーというつるむ仲間も一応はいた。
けれど、もっと偉大な父親を持っていて、友だちもいなかった彼がどういう扱いをしてきたのか、どうして自分は忘れていたんだろう。
飄々としているからつい忘れていた。
「まぁ、たまには息抜きも必要だし、別に――――――」
「怒ってよ」
「は?」
「俺を、アカデミーの奴らなんかと一緒にしないでよ」
「……お前、何言って」
最低だ。
どこかでおチビちゃんならいいだろう、って思ってた。
でも、おチビちゃんの中で、おチビちゃんを虐げていた人間と同じ事をしたというレッテルを貼られるのが嫌だった。
おチビちゃんを一人にして、それでいいと笑っていたヤツに自分もなっていたのだと今気付いた。
「……あと、掃除どこ?」
「いや、もう終わったし、気にしなくていい」
「でも……」
「いつもの事だったし、別にそんな落ち込むことじゃねえだろ」
それが嫌なんだよ。
おチビちゃんの隣にいたいのに、自分はそうじゃない男に成り下がった。
なんか、キースとディノが羨ましい。
喧嘩したい時にはちゃんと出来ないなんて、なんか笑える。いや、笑えないんだけど。
「水棄ててくるから、ちょっと待ってろよ」
「……ついてく」
「……いや、ひとりで十分だし」
「いいから、貸して」
明日、ビリーの事はとりあえず叱っておこう。
でも、ビリーはこういう気持ちにならないと思うとヤッパリムカツク。グレイに1週間くらい口を利いて貰えない罰を味わえばいいのに。そしたら、俺の気持ちも少しはわかるでしょ。
「……ご飯、食べた?」
「食べてねえけど、帰ったら食べる!」
「……そう」
しっかり食べてきた自分を怨んだし、後悔した。
「それに、差し入れくれた人に連絡も返さなきゃな!」
「それはしなくていいでしょ…」
ついでに新しいライバルが増えたことにも。
マンナイ、内容がショックすぎて「こんなのいじめだよ…」と思ってしまって……あの朗読劇好きな人はすいません…
相互理解があまりにも不人気だったのでちょっと救いがある感じにしたお話。