相互理解

   人が自分に怒るのは期待。
 人が自分に優しくするのは好意。
 人が誰かを嫌うのは認識。


 なら、反応がなくなったら――――それは、


 ジュニアに掃除を押しつけて、まぁ、明日ダイナーでも奢ってやればきっとすぐに機嫌を治してくれるだろう、だなんてどうして思っていたんだろうか。
「おチビちゃんは昨日はごめんね、御礼のお昼、今日は奢るよ」
 そう言えば、いつだってジュニアは許してくれる。
「……別にいい」
「まぁ、そう言わないでよ」
「今日は用事があるからいらない」
 まだ怒ってるのかと思ったが、ばっさりとそう言われた。
「用事って何?」
 口から嘘じゃないかと思っていたが、「ヴィクターとジェイとご飯」と言われた。
「は?」
 別におチビちゃん、仲良くないじゃんと思ったし、ノースとイーストセクターでしょ?とも思った。
「キース!パトロール一緒に行こうぜ!」
 それだけ言うと、振り返ることなくジュニアはキースの手を握って駆け出していく。


「……」
「喧嘩したのか?」
「別にそうじゃないけど……」
「そうだよなぁ、あれは喧嘩じゃないよな」
「……え」
 そうは見えなかったけど、というディノの言葉が出るのを内心期待していた。
 考えればジュニアはいつも怒っていた。
 そして、適当に返事をしてなだめればそれで自分達は尾を引くことがなかったのだ。
 しかし、ジュニアの様子はそういう感じではなかった。
「ディノにはどう見えたの?」
「えーと……」
「素直に言って」
「……あんまり、気を悪くしないでほしいんだけど」
「……」
「どうでもいい、って感じの態度だった」
 人の機敏に鋭いディノがそういうのならば、そうなのかもしれないと思った。
 けれど、フェイスはこの時、まだ甘く思っていたのだ。


 まぁ、おチビちゃんは子供だしね、と。


 けれど、その日からジュニアは就寝時間ギリギリまで帰ってこない、食事は別という生活が続いたのだった。


「ねぇ、おチビちゃん、今日は何食べる?」
「アッシュとオスカーに誘われてその後スパーリングするから、一緒に食べられない」


「おチビちゃん、今日は……」
「今日はマリオンとウィルとパンケーキに行くんだ!」


「……」
「ジュニア~今日のご飯はいるのか?」
「ピザパーティしようって思ってるんだけど……」
「悪い!今日はアキラとガストとグレイと出かけるんだ!」
「そっかぁ……」



 避けられている、と思うのは自意識過剰すぎた。
 話しかければ答えてくれる。
 ただ、ジュニアはフェイスの隣に立たなくなった。
 一緒に映画を見る事もご飯を食べる事もなくなった。


「……」
「何、不機嫌な顔してるんだよ」
「別に普通だけど?」
「おーおー、恐い顔して」
 からかうようにパトロール中に声をかけられてフェイスは無意識にとげとげしい声をキースに送る。
「……で、何が原因なんだよ」
「何が?」
「お前が不機嫌な理由だよ」
「…おチビちゃんが俺を避ける理由じゃなくて?」
「……別にあれは避けてねえだろ」
「……」
 キースの目からしても、別にジュニアはフェイスに特別、何か思っているようではないようだった。
「それに、大体ジュニアは就寝時間頃には帰ってきてるだろ?お前の夜遊びの方がよっぽど酷かったぜ」
「……それは、そうなんだけど……」
 普通に起床して、ご飯を食べて、帰ってきて寝る。
 それだけだ。
 ただ、フェイスといる時間が減っただけ。
「……で?」
「……なに?」
「お前的にこうなったと思う理由があるんだろ、言って見ろよ」
「……」
「……どうせ大したことじゃねえんだろ」
「……そうだよ」


 大した事じゃなかった。
 ビリーと一緒にジュニアをからかって、掃除を押しつけたことだなんて。
 軽い気持ちだった。
 けれど、キースは一言「悪質」と言われた。


「……大した理由じゃないって言ったじゃん」
「そりゃ、大した理由じゃないけど、やり方がお前は悪質なんだよ」
「キースに言われたくないんだけど?」
「おいおい、俺はジュニアの琴線に触れないよう、ちゃんと地雷原は見極めてるからな?」
「琴線…?」
「……あいつはまだ17歳のガキなんだよ」
「知ってるけど」
「いいや、お前は解ってねえ」
 おチビちゃんの事なら、キースよりよっぽど解ってると思うけど?と内心思ったが、そこはさすがのメンターだ。
 否、ある意味、キースはジュニアと似たもの同士だった。
「…ジュニアは、アカデミー時代、友だちがいなかったんだろ」
「……らしいね、本人は平気だって言ってたけど」
「……平気なわけねえだろ」
「は?」
 キースは知っている。
 アカデミーはヒーローを目指す場所だが、実際はキラキラしているものじゃない。
 暴言、暴力――――キースもディノと『友だち』になるまで気にしないようにしながらもきついものがあった。
 それを、ジュニアはたった1人で跳ね返してきたのだ。
「ジュニアは、単にお前とビリーと仲良くなりたかっただけなのに、お前らはその信頼を裏切っただけだろ」
「別にそういうわけじゃ……」
 そうじゃない。
 ただ、いつも通りからかっただけだ。
 でも、それはフェイスとビリー側の話だ。
「……まぁ、俺の言えた義理じゃねえけどな」
「……」
「いつまでも、ジュニアがお前のやることに許してくれてると甘えてると取り返しの効かない事になるぞ」
「……は?」


 自分が、ジュニアに甘えてる?
 そんなわけじゃないでしょ、それはジュニアの方だろうと思った。


「……ジュニアはなぁ、人に好かれる素質があるんだよなぁ」
「…それは」
「ジェイとか、ディノとか、そういう人間にしか与えられねえ天性の才能の才能だぜ、あれは」
「……」
「その上、ブラッドみてえなリーダー気質があるからな」
 兄の名前が出てきて、つい顔を顰めてしまう。
 おそらくキースは解ってて言ってるのだろう。
「……俺みたいなヤツは、幸か不幸かディノもブラッドも手を離さないでいてくれたけど、ジュニアがお前の手を離さないでいてくれる根拠なんて何もねえんだよ」
 キースはいつだって優しくて、厳しい
 目をそらすなとハッキリと言う。


 キースの目から見ると、フェイスにとってジュニアへの接し方は特別だった。
 異常とも言っていい。
 グレイやウィル、レンに対して解るように、元来フェイスは人をからかったり、馬鹿にするようなタイプではない。
 優しいやつなのだろうと思う。
 けれど、根っからの弟気質なのだろうという事も解ってしまう。


 つまり、近しい人間に甘えてしまうのだ。
 相手は自分が好きだからこれくらい許してくれる。
 自分が言えば、きっと相手は叶えてくれる。


 ブラッドが甘やかして、そして突き放された結果、抑えていた感情が結果として年下のジュニアに全て行っている。
 ジュニアとしてみれば溜まったものではないだろう。
 
 一方でジュニアは寂しがり屋だ。
 甘えん坊ととれなくもないけれど、誰かと繋がっていたいという気持ちがある。
 17歳という幼さはあるが、叩けば響くその成長ぶりに誰もが構いたくなる。
 HELIOSという組織は特殊だ。
 大企業の御曹司から、キースやニコのような暗部の人間まで揃っている。
 そんな中、父親がヒーローとはいえ、普通に育って、普通に真っ直ぐに育っているジュニアの存在は誰もが惹かれるし、優しくしたくなる。
 暗いモノを持っている自分達だって、この子に優しくできるんだと、それなら自分達もまだ真っ当な人間なのかもしれないと思いたくなる。

「……」
 隣に目をやれば、フェイスは何かを思ったのか瞳が揺れ動いていた。

 その様子に、
「ジュニアがまだ、お前に期待してくれてると良いな」
 追い打ちを掛ける。
 今回はさすがにフェイスの肩を持ってやるわけにはいかなかった。


「ふぇ~ん、グレイにバレて怒られちゃった~」
「……」
「まぁ、イナズマボーイなら謝ったら許してくれるでしょ……ってことで、会いに来たんだけど…ってDJ…?」
「なに…?」
 原因となった悪友に声をかけられてフェイスもさすがに機嫌が悪い事を隠すことはしない。
「…あの、イナズマボーイは…?」
「おチビちゃんならいないよ」
「そうなの?謝りに来たんだけど……」
「……おチビちゃんなら気にしてないよ」
「そうなの?なら――――」
「俺のことも、ビリーのことも気にしてないよ」
「……え」
 どうしたものかと思っていると、丁度ワイワイとしているA班がいた。
「あ、イナズマボーイ!」
「……あ、ビリーくん…」
 気がついたのはビリーの同室であるグレイで、その言葉にジュニアが顔をあげた。
「この前は、掃除押しつけてごめん~。俺っち、グレイに怒られて深く反省したよ!」
 だから、許してとふざけた態度のビリーにジュニアは少し考えて、
「別にもう気にしてない」
 とバッサリと言う。
「……イナズマボーイ…?」
 その物言いは何でも無い。
 けれど、根こそぎ削ぎ落とされたような感情のこもってない顔は怒りではなく感情一つ無いようだった。
「……」
 信頼には限りがある。
 積み上げられて獲得していくそれは、ある日一気に崩れることだってある。
 フェイスはそれを知っていた。自分がブラッドに突き放された時にどうして、なんでと何度も思った。

 なのに、どうしてジュニアがずっと自分が好きでいてくれると思ったんだろう。


 『どうでもいい、って感じの態度だった』
 『許してくれてると甘えてると取り返しの効かない事になるぞ』

「……っ、おチビちゃん!」


 掃除を押しつけた事が問題なんじゃない。
 だって、きっとジュニアは掃除を変わってと言えば仕方ないとやってくれる子だ。
 からかう必要なんてなかった。コロコロ変わる表情が好きだと思ってる場合じゃなかった。
 なんで、なんでも許されると思ってしまったんだろう。
 
 キースとディノの喧嘩の時だって、心配そうにしていたジュニアを見ていた筈なのに。
「……なんだよ」
 久しぶりに見たジュニアの双眸が綺麗だと思った。
 正面から顔を見たのさえ数日ぶりだと気付いた。

「ごめん」
「……」
「キースに言われて気付いた」
「……キースに?」
「ごめん、本当にごめん……謝って許されることじゃないかもしれないけど」

   もしも、ジュニアが誰かと秘密を持っていて、内緒にされたら嫌だと思う
。  今だって自分以外の相手が隣にいるのが嫌なのに。

   なんでヴィクターとジェイなの?
 アッシュとオスカー?
 マリオンとウィルとお出かけ。
 A班。


 それだけだったらいい。
 でも、その様子をジュニアは自分に教えてくれなかった。
 ディノやキースには話している様子だったのに、自分は一言も教えてくれなかった。


「俺の傍から離れないでよ」
「……」
 その言葉に許してくれるだろうかとジュニアの顔を見つめていた。
 でも、


「わかった」
「……おチビちゃん」
「キースが言うなら、仕方ないな」
「……」


 望んでいた言葉でも反応でもなかった。
「……キースが言うからなの?」
「あんまりキースとディノに迷惑かけられないだろ。なんで心配かけてるのかわからねえけど」
「……そうじゃなくて、俺は……」
「悪いけど、今日は約束があるから」
「……」
 行こうぜ、と言われてアキラもガストもグレイもキョロキョロとジュニアとフェイスを交互に見る。
「……DJ」
 置いて行かれた自分と、一緒にいるビリーだけが広い談話室に取り残されていた。



 1人で射撃室を掃除している時に、ジェイがやってきた。
 泣きそうになっているところを、ジェイが手を引っ張って、ヴィクターとも約束していたらしくて2人が話を聞いてくれた。
 初めは怒っていたけれど、段々悲しくなって泣きそうになるところを撫でられた。


「……もう、馬鹿にされたくないし、からかわれたくない」


 なぁ、どうしたらいい?と聞くと、珍しく酒を飲んでいるヴィクターの手元のグラスが鳴った。
 氷と氷がぶつかりあう音だと気づくと、
「……そうですね…」
 ヴィクターの穏やかな声がジュニアの耳に届く。
「基本的に私はノヴァやジェイと喧嘩することは余りないので解りませんが……」
「大人なんだな……」
「ですが、心をコントロールすることは可能です」
「……コントロール?」
「ええ、今、マリオンもアンガーマネジメントを行ってます」
「マリオン…!」
 憧れのヒーローの名前を出されて、ジュニアの目が輝く。
 その様子にジェイは笑みを漏らした。
「……どうすればいいんだ…?」
「簡単なことです」
「そうなのか…?」
「人とは、理解しあえないと思うことです」
「……ヴィクター、それは違うんじゃないか…?」
「いいえ、ジェイ。貴方の思ってる意味とは違います」
 ジュニアもそれは違うんじゃないかと思ったがどうやら違うらしい。
 どういうことだろうと耳を傾けていると、
「例えば、ジュニア。貴方はハンバーグが好きだと聞きましたが」
「おう!すっごく上手いよな!」
「ディノはピザが好きですね」
「お、おう…?」
「それは、間違ってると思いますか?」
「……別に人それぞれだからおかしいことじゃねえだろ?」
 味覚はそれぞれだ。
 好きなモノが違うのはしょうがないし、当たり前のことだ。
「では、あなたはロックが好きで、フェイスはクラブミュージックが好きだとお聞きしました。それは?」
「それは……」
 別におかしいことではない。
 ないけれど、ロックがうるさくてやかましいと思ってるだなんて変わっている。
「では、言い方を変えましょう。まったく知らない人間がロックを嫌いと言ったらどうですか?」
「……別にそれは人それぞれだし、いいんじゃねえの」
「……そういうことです」
「は?」
 なにがそういうことだというのだろうか。
「……相手のことが好きだから同じモノを好きになりたい、理解したい、それは当たり前の事です」
「…す…!?別に俺は、クソDJのことなんて――――――」
「嫌いですか?」
「……嫌い、じゃない…」
 いつもなら反発するが、冷静で人をからかうわけではない穏やかな口調で尋ねられると素直に答えてしまう。
「……なるほど、ヴィクターが言いたいのは、人は人、自分は自分を確立するということか」
「そういうことです。理解は出来なくても人は納得出来る。逆も同じです」
「……」
「あなたはフェイスやビリーに心を寄せすぎている。それは悪い事ではありませんが……」
 キースが飲んでいる時には煩わしいとしか思えないアルコールが、違う相手が持っているとこんなにも格好良く見えるのかと思った。
 カランカランと鳴る氷とウィスキーの組み合わせがとても美しく見えた。
「どうしても辛いなら、少し心を離しては?」
「……心を離す?」
「ええ、少し距離を置くことも重要です」
「ヴィクター……」
「ジェイ、言いたい事も解りますが、このままではジュニアが壊れてしまう可能性があります」
「た、確かに……」
「別に仲良くするな、という意味ではありません」
「……どうすればいい?」
 もう心が乱されなくなるのならそうしたかった。
 子供扱いされたくない、というのは子供じゃない証拠だ。
 でも、自分だって傷つきたくない。



「……相手に期待しすぎないことです」



 もう、相手に傷つけられたくなかった。





 その日からジュニアは期待するのを辞めた。
 辞めれば、フェイスもジュニアに対してあれこれ言うのを辞めた。
 考えればジュニアとフェイスは友だちでもなんでもなかったのだ。
 それを考えればなんだか楽になった。


 友だちじゃないんだから、特に変じゃない。
 自分でも相手に甘えていたな、ということを自覚した。
 兄でも友だちでもない相手に寄りかかる事をしなければ楽になった。
 きっと、フェイスも楽なのだろう。自分に対してかかる時間が減ったのだから。
 考えれば面倒なことは嫌いと言っていた。
 なら、これ以上嫌われなく済む。そう考えた。
 怒る必要も無いことで怒らなくていいのは実に楽だ。  


 なのに、


『俺の傍から離れないでよ』


 何故かフェイスはジュニアに対して悲しそうにする。
 わけがわからな。
 だって、フェイスにはビリーがいるし、自分なんていらないだろう。
 自分にはフェイスの考えが解らない。
 でも、尊重することは出来る。


 何故そんなに辛い顔するのか解らない。
 でも、それを聞いて馬鹿にされるのはもう嫌だ。
 それに、キースとディノに迷惑をかけるのも嫌なのでそれだけ伝えると相手は酷く悲しそうな顔をした。
 そういえば、ディノがピザパーティをしていたから、明日は参加しよう。
 キースとディノが笑っていれば、あいつも笑うかも、と思いながら、ブリーフィングルームにつく。


「あの…ジュニアくん」
「どうした、グレイ」
「……いいの?」
「なにが?」
「その、フェイスくん……」


 何故かグレイが心配そうな顔をしてる。
 気がつけばアキラとガストも気にしているようだった。


「別に喧嘩とかしてるわけじゃねえから」
「でもよ、あいつ……」
「クソDJが俺のこと、気にするわけないだろ」
「ジュニア?」


 離れて解ったのは、ジュニアとフェイスは別の人間で、何を考えているのか解らないということ。
 そして、考えればなんだかんだで優しいフェイスが、自分にだけあんな態度をとるのはきっと自分が悪かったのだろうと理解した。
 好きな子には普通優しくしたいものだと教わった。
 なら、自分にあんな態度をとるのは、優しいフェイスとしては気に入らないことがあったのだろうと思う。


「…まぁ、アイツ、なんだかんだで優しいからな」
「そうだな……だけど、そうじゃなくて…」
「でも、アイツ、俺にだけはからかったり馬鹿にしてたし、やっぱり気に入らなかったんだよ」
「いや、それは…」
「……アイツがガキンチョのこと、構うのって好きなヤツをからかうようなもんだっただろ…?」
「おい、アキラ」
「だって……」
「そりゃ、そういうヤツもいるのかもしれねえけど、」
「……昔さ」
「?」
「どうにか、誰かに人に見て貰いたくて、でも無理で、結果として人を傷つけちまった馬鹿やったことがある」
「……アキラ…」
「それが間違いだったとかそういうことは思わねえけど……」
「……」
「でも、もう一度アイツと向き直ってみたらいいんじゃねえの?」
「……」
「ぼ、僕も!」
「グレイ?」
「駄目だって、きっと無理だって思ってたけど、でも、ちゃんと話し合ったら解った事とかいっぱいあるんだ……だから」
「……」
「ジュニアくんも、その、フェイスくんにもう一度チャンスをあげてくれないかな…?」
「……」
 どうしようかとガストの方を見れば、「まぁ、2人が言ってるんだし」と口にする。
 本当に喧嘩もなにもしていないのだが、皆に心配をかけているなら仕方ない。


「わあったよ」
「ジュニアくん…」
「ガキンチョ!」
「……なら、今日の予定はまた今度にしようぜ」
「…え、でも」
「ブラッドが言ってたけど、こういうのは善は急げっていうんだろ?」
「うん……行ってあげて…」
「……でも、ビリーと一緒にいるんじゃねえのか?」
「まぁ、それの時はその時ってことで」
 苦笑するガストの顔を見て、3人に「悪い」と言って駆け出す。


 何を話せというのだろうか。
 でも、別にジュニアだってフェイスを悲しませたいわけじゃなかった。  



 ヴィクターは言った。
 理解はできなくても納得は出来ると。
 なら、フェイスの望みを自分は理解できなくても、納得出来るのだろうか。


「クソDJ」
 ブリーフィングルームを出て部屋に戻るとフェイスが驚いた顔をして、でも次の瞬間はジュニアを離さないと思い切り抱きしめた。
「話にき……って何すんだよ!」
「……帰ってきてくれた」
「は?」
「アハ、怒ってくれた」
「……」
 何を言ってるんだこいつは?と内心思う。
 ヴィクターの言う通り、解りたくても解らないのかも、と思う。
「……おまえ、別におれのこと、そんなに好きじゃないだろ、なのに…」
「……誰が言ったの」
 そう言えば、抱きしめる腕が思い切り強くなった。
「……っ…だ、だって、アカデミーで掃除押しつけてきた連中はおれのこと嫌いなやつらだったし」
 嫌いだろ、と言わないのは少しでも心を守る為だ。
 さすがに約一年過ごしてきて嫌われてる、とは思いたくない。
 でも、色々甘えて振り回してきた自覚はある。だから面倒くさいと思われてもしょうがないのかもしれない。
「……考えたら悪かったよな、バンドの時とか滅茶苦茶振り回しちまったし…これからは他のやつにた
「嫌だよ」
「……クソDJ」
「なんで、俺がいるでしょ」
「いや、だから…」


『ジュニアは、アカデミー時代、友だちがいなかったんだろ』
 キースは解っていたのだろう。
 ジュニアはおこちゃまだけれど、けれど、大人だ。
 メンタルが強いだけじゃ、悪意だらけで生きて行ける筈がない。
 フェイスやビリーがしたことは、本人達にしてみればからかっただけだけれども、やられた本人からしてみれば『いじめ』でしかない。
 大した事じゃないと甘えてたのは自分の方だ。
 瓦礫になった信頼をここから必死で取り戻さなきゃいけない。
「おチビちゃん」
「……」
「ごめん、本当にごめん、謝らせて」
「……」
「おチビちゃんのこと、嫌いなんかじゃない。今回は本当に俺が悪かった」
「……」
「ビリーと嵌めたことも、掃除を押しつけたのも、本当にごめん……でも、俺、おチビちゃんの隣が他の人にとられるのは嫌なんだけど」
「……」
「何かあったら、俺を頼って欲しいし、甘えて欲しい。当たり前みたいに、俺の隣にいてよ」
「……おまえ」
「おチビちゃんの隣に、俺を置いて」
 1000回でも、10000回でも、謝って許されるのなら謝る。
 誠意を見せろというのなら、真面目になる。
 面倒だし、振り回されることも多い。
 でも、この子が一番最初に頼る人間が他の人間なのは嫌だ。
 この子の隣は俺のだ。
 だって、好きなのだ。
 好きで好きで、大好きで、だから、少しくらいなら甘えても、からかっても許してくれると思ってた。  


「…おれのこと、きらいじゃない?」
「……っ…好きに決まってるでしょ!」


   そう言えば、表情を削ぎ落としたような顔が、フェイスのだいすきな顔になった。
 それだけでよかった。


「……おまえ、優しいから、本当は嫌なのに言えなかっただけなのかと思った」
 聞けば、ジェイとヴィクターと話をして少しだけ距離を置こうと思ったのだけだという。
「……そんなわけないでしょ」
 期待しすぎない、
 距離を置く、
 相手に甘えない、
 確かに大人同士の付き合いならそうなのだろう。
 そして、自分もそういうところがあるからなんともいえない。
 けれど、ジュニアには例え10年経過したとしてもやってほしくないことだ。


 話がもっとしたいと無理にいって、好きな子をベッドに連れ込んで一緒に寝る。
 キースの言うとおり、余りにも甘えすぎていた。
 この初恋はあまりにも前途多難すぎて、時折投げ捨てたくなるけど、それでも嫌だと思う事はなかった。
「……じゃあ、これからも甘えたり頼っていいのか?」
「アハ、自覚あったんだ」
「っ……そりゃ、おれだって悪いな、って思う時はあるし……」
「別にいいよ」
 これからも頼って、とはさすがに言えない。
 でも、もうしない。
 ちゃんと、相手に好きだって伝わるように頑張ろう。
 もう一度信頼の塔を作ろう。もう倒れることがないように。


「おチビちゃん」
「うん?」
「……今日はこのまま寝ちゃおうか」
「は?」

 久しぶりに感じるぬくもりが心地よい。
 ああ、今日は眠れそうだ。

「ちょっ…クソDJ?っ……こいつ、寝やがった!」
 どうか、俺をずっと傍においてほしい。
 隣にいさせてほしい。
 そんなことを考えながら、フェイスはもう二度と離さないようにジュニアの手を握りしめていた。    


   

自分の中ではかなり好きなフェイジュニなんですが、あんまり人気がなかったお話です。
マンナイのフェイスくんとビリーくんがクソ男すぎて、少しジュニアに甘えすぎだよ…と思って書いた内容。