One more chance #1

   いつからか、好きになっていた。
 ずっと一緒にいられたら、だなんて思っていた。
 自分たちのメンターのように相棒と呼べる存在になれたらどんなによかっただろうかと思った。


 でも、


 一番になんてなれないんだろうなと思った。
 ルーキー研修が終わって、クソDJを探しに行った時にみてしまった。

  「……」

 ルーキー研修が一年経過してLOMが終わった後と一緒。
 なんだか落ち込んでいるクソDJを励ましたくてもできなくて、アイツには通じなくて、キースとディノが計画してブラッドと出かける事になった。
 だまし討ちするようなやり方ではあったけれど、帰ってきたあいつは嬉しそうで、よかったな、と思うと同時に、
 ああ、自分は沢山のものを貰っているのに何も返せてないんだなと思った。

v 「……ガキンチョ?」
「アキラか」
 ガキンチョって言うな、というなという気力もなくて、ただ相手の名前を呼んだ。
「なにしーーー
 アキラも探してるヤツを見つけたんだろう。
 色々あった兄弟だ。
 おれらにはひとつも事情はわからねえけど、でも色々あって、やっと仲直りして、元通りとまではいかなくても最終的に綺麗にそこにはまるんだなと思った。
「……ブラッドのやつ、嬉しそうだな」
「そうだな」
 どういう心境なのかはおれにも、たぶんアキラにもわからなくて、でもそれが当たり前なんだろう。
「……」
「うん?どこに行くんだよ」
「ここじゃねえところ」
「ちょ、待てよ」
 あまりにも場違いすぎて、いるのが苦しくて逃げ出した。


「……おいガキンチョ、ガキンチョってば!」
「……」
「おい、お前……」
 早歩きで歩く肩を捕まれて無理矢理顔を振り向かされた。
「……っ……」
 両目からこぼれる涙をぬぐう事も出来ない。
 こんな顔誰にも見せたくなくて離れようとしたのに。
「……」
 でも、苦しくてどうしようもなくて、少しだけ考えてからアキラはおれを抱きしめた。
「……」
 ぽんぽんと背中を撫でる手が優しくて、小さい頃兄ちゃんじゃない誰かが慰めてくれた時を思い出した。  


「なんとなく、お前の気持ち解る」
 泣きやんだあと、アキラがぽつりと言った。
「……なにがだよ」
「泣いた理由だよ」
「……」
「……」
 それを肯定する気も、否定する気にもなれなかった。
「ブラッドがさ」
「……」
「たまーにほめたりやさしかったりするんだけど、」
「……」
「時折思うんだよな、ああ、これは弟にやってやりたいことなんだろうなって」
「……うん」
 わかる気がする。
 自分じゃない誰かをみている感覚は自分にも覚えがある。
 それは、気分のいいものではないけれど、それでも仕方ないと諦めるしかない。
「おまえさ」
「ん?」
「ブラッドのこと好きなの?」
 気になった、というよりはたぶんそうだろうな、と思って尋ねてみると、
「はぁ!?」
 グリーンアイが目を丸くしてこちらをみた。
「ば、何言って……」
「図星だろ」
「そ、そんなわけ……」
 否定しようとして、けれどしばらく考えてから唇をかみしめて、
「ああそうだよ!好きだよ!」
 わりいかよ、と言う姿がなんだかおもしろかった。
「ってことはおれたち失恋かよ」
 笑えると自嘲気味に言えば、
「別に俺もお前も振られてねぇだろ」
 とすねたようにアキラが言う。
 普段の自分なら絶対に振り向かせてやると言うところだけれど、そういう気持ちにもなれなかった。
 だって、わかってしまう。
 例え恋人になれたって、天変地異が起こって、結婚できたとしてもクソDJの一番はきっとずっとブラッドなのだ。
 ブラッドの一番がずっとフェイスであるように。
「……二番目なんていらねえよ」
 ずっと、誰かの一番になりたかった。  大好きな兄ですら、自分の中に「レオナルド・ライト」を重ねていたのを知っている。
 自分自身を、たった一人でいいからみてほしかった。
 誰かに自分は自分なんだと認めてほしかった。
 まがい物でもなく、自分が本当なんだと。
 誰かの一番になりたかった。
 それが、誰か、じゃなくてたった一人の一番になりたいと思うようになって、けれど、それが叶わない絵空事だとわかってしまった。


「……」
 つまらないと思いながらみていた恋愛映画なら、きっとこういう時、アキラとおれが慰めあって恋人になるんだろうな。
 ……考えただけで気持ち悪い。思いつくんじゃなかった。
 なんとなく、クソDJを好きになった被害者たちもこういう気持ちなんだろうなと思ってつらい。
 今でこそ精算したって言ってたけど、あいつの元彼女たちもひとときだけでも同じ時間を共有したくて、一緒にいたかったんだろうなと今ならわかる。
 わかりたくなかったけど。
 でも、おれはヒーローやってるアイツが好きだから、別に恋人になれなくてもいい。
 いつか、キースとディノみたいに当たり前に肩を並べて戦えるそんな存在になれたらいい。  
 


 そんな思いも、平気で崩れていくんだってことをおれは、知らなかった。このときは、まだ、

「エマージェンシー、エマージェンシー、負傷者2名。軽傷者ブラッド・ビームス、重傷者」


 なにも、


「重傷者レオナルド・ライト・Jr――――――至急、近くのヒーローは応援を……」






 ルーキー研修というものがどれだけ特別なのか解る。
 あんなにも密に同僚とふれあう機会というのはなかなかないのだと後で知った。
 AからAAに上がって、ジュニアはそのままウエストで、フェイスはノースへと移籍になった。
 約3年の初恋に終止符を打つのが恐くて、でも、どうにか繋ぎ止めたくて一緒に暮らさないかと言おうと思ったが、ジュニアは最年少メンター二人目になると聞いたから諦めた。
 メジャーヒーローになったディノと二人でウエストセクターのルーキーを面倒見るらしい。
 ちなみにキースもウエストに残るので自分だけが移籍、となんだか嫌な気持ちになった。
 せめて自分もウエストセクターに所属していたままならこんな気持ちにもならなかったに違いない。
 3年という月日は色々と色を変える。
 自分のように移籍したルーキーもいれば、そのまま残ったルーキーもいる。
 イプリクス部隊に配属された人間もいる。
 それでも、時間を見ては二人で待ち合わせして食事をしたり、遊びにでかけていた。
 ビリーやグレイと一緒の時もあれば、二人きりの時もあったし、キースの家で四人で集まることもあれば、ルーキー全員で集まることもあった。
 3年待ったのだ。
 自分達はまだ若くて時間がある。
 それを知ったのはルーキー研修の時だった
。  適当にしていた頃の自分でも、生き急いでいた時のおチビちゃんでもなく、ゆっくりと急ぐように人生を過ごせば良い。
 3年後、一緒に暮らそうと誘えばいい。
 そんな暢気に思っていた。


 それが、間違いだったとも知らずに。  


「おチビちゃん!」



   パトロール中に聞こえてきたブラッドが負傷したという知らせに血の気が引いた。
 でも、それだけなら、まだ良かったのだ。
 続いたおチビちゃんが重傷者という言葉に全身の血が逆流するかと思った。
 なんで、どうして、そもそもなんでウエストセクターのおチビちゃんと、サウスセクターのブラッドが一緒にいるわけ?
 ディノやルーキーは?
 心臓が早まる。
「落ち着け」
「っ……」
 変わらずノースを担当しているマリオンから見て、酷い顔をしていたのだろう。
 一緒にパトロールをしていた彼は思いきり自分の手を握ってくれた。
「行くぞ」
「え…」
「サウスセクターとウエストセクターの間のブリッジが現場だ」
「……あ」
 気付かないうちにインカムからアナウンスが流れたようだった。
 マリオンに言われて、そうだ自分はこんなことをしてる場合じゃないと思い直す。
 おチビちゃんとアニキがどういう状態なのか確かめなきゃいけない。
 なんでこんなことになったのか。
 セントラルスクエアに行くよりも、直接ウエストにむかった方が早い。
 走ったら間に合わないから、同僚に車に乗せて貰って現場へと向かう。
「フェイス」
 名前を呼ばれてそれがキースだとすぐ解った。
「キース……」
「なんでお前ここに……」
「おチビちゃんとブラッドは?」
「……ああ、それでか……エリオスタワーに運ばれたからさっさと行ってやれ」
「……あぁ…そっか、でも、応援って…」
「それについてはボクが加わる」
「おぉ、マリオンも来てたのか、そりゃ頼もしいかぎりだわ」
「……でも」
「……ブラッドの弟も、ジュニアの相棒もお前しかいないんだから、さっさと行ってやれ」
「……」
「後悔するまえに」
「……うん」
 それはディノのことがあったキースだからなのだろう。
 ヒーローとしてどうなのかとも思うが、二人の様態が知りたくてタワーの中の医務室へとむかう。
 研究員に通されると
「……ブラッド」
「フェイスか……」
「……思ったより元気そうじゃん」
「そうだな…」
 医務室にいたブラッドは本当に思ったよりも軽傷で安心した。
「腕と足が折れただけであとは無事だ」
「……そう」
 仲直り――――とは違うが、わだかまりは解けたけど、小さい頃みたいに甘えられるわけがないし、良かったと泣きつく年でもない。
 というか、本当にたいしたことないなというのが本音だ。
 よくもわるくもヒーローになって色んな事件に巻き込まれて自分も仲間も怪我だらけになったせいで骨折くらいならすぐに治るじゃんという感覚しかない。
「……って、ちょっと…」
 と思ったら骨が折れているというのにいきなり立ち上がりどこかにむかおうとする姿に「なにしてるの」とつい声をかけてしまう。
「……ジュニアのところだ」
「!」
 そう言われてノロノロと歩こうとするブラッドに「……肩につかまりなよ」と言えば、少しだけ嬉しそうにする。本当、恥ずかしいヤツ。



「……サウスセクターで怪しい動きがあった」
「……」
「『嫌なことを忘れさせる』そんな与太話があった。勿論、初めは単なる学生の噂だったわけだが、実際に嫌な事を忘れた人間が多いという噂は聞くようになった」
 学生に人気なサウスセクターだからなのだろう。
 子供じみた内容。子供だましの占いみたいだなと思った。
「そして、調査の結果、なんらかのサブスタンスを所持していると気づき、その裏にマフィアがいると解った」
「アハ、よくあるパターン」
「……そうだ。だが、けして油断していたわけじゃない。だが―――忘却の能力のあるサブスタンスのせいで、一部のヒーローが取り乱されて…」
「逃げられた?」
「ああ」
「……」
「俺がすぐに気付いて追いかけた。アキラやオスカーも補佐に入ってくれた。だが、自爆をしようと相手のボスがした時に、ディノ達のウエスト研修チームが気付いて駆けつけてくれて…」
「最初の緊急警報の時だよね」
「ああ……、ジュニアは咄嗟の判断でディノにルーキー達を守るように言って、そして……俺を庇った」
「……っ」
「……フェイス、」
「謝ったら許さないから」
「……」
「おチビちゃんは、ヒーローの職務を遂行しただけでしょ、あんただって」
「……ああ」
 そんなコトを言ってると病室に着く。
「……っ、ブラッド!フェイスも…」
「ディノ……おチビちゃんは?」
「……」
 そう言って、目線の先にいたのは硝子張りの部屋だ。
 研究員や医師達の目の届くすぐ傍。
 集中治療室なのだろう、多くの管をつけられてサブスタンスでも追いつかないのか皮膚の傷が生々しい。
「……おチビちゃん…」
 どうして、と思う。
「……ディノ」
「フェイス」
「わるいんだけど、ブラッドを病室に連れ帰ってくれる?この人もまだけが人だし」
「……」
「……うん、わかった」
 その言葉に何かを察したのだろう。
 ディノは俺の代わりにブラッドに肩を貸して歩いて行く。
「……っ」
 ブラッドが生きてて良かった。
 それは嘘じゃない。
 でも、同時になんで?どうして、おチビちゃんが、とも思う。
 ヒーローという仕事はこういうものだ。
 ヒーローを辞める理由が一番多いのは殉死だ。
 実際、ディノだって死んだと思われていた。
 空中庭園にある石碑には多くのヒーローの名前が刻まれている。
 おチビちゃんの父親やリリー教官みたいに前線から遠ざかれるほどまで生きている人間なんてほとんどいない。
「……フェイスくん」
「……」
「特別だよ」
 いつまでいただろう。
 気付いたらノヴァがいて、「特別だよ」と中に入らせてくれた。
「……」
 おそるおそる手を握ると、信じられないほど冷たくて、我慢出来ずに泣いた。


 ねぇ、おチビちゃん。
 帰ってきて。
 目を覚まして。
 まだ、俺はきみに言ってないことがいっぱいあるのに。
 一緒に頑張ろうって言ってくれたでしょ。
 なんで、どうして、そんなことばかり思って。
 縋り付いて。


「……フェイスくん…」
 みっともないそんな姿。
 きっと俺以上に泣きたいであろうおチビちゃんのお兄さんと――――父親が病室に訪れるまで、俺はおチビちゃんに縋り付いていた。
 かといって、ずっとおチビちゃんの病室にいるわけにはいかなかった。
 だって、そんなことをしたら起きた時におチビちゃんに怒られる。
 朝起きて、早めに家を出ておチビちゃんに会いに行って、パトロールして、書類を作って、昼休みにおチビちゃんに会いに行って、トレーニングして……夜には面会時間ギリギリまでおチビちゃんのところにいた。
 早く目を覚ましてほしい。
 毎日、信じてもいない神に祈った。
 おチビちゃんが帰ってくるなら、目を覚ましてくれるなら何を捧げたっていいのに、って。
 例えそれが自分の命だって構わなかった。
 まぁ、そうしたらおチビちゃんが怒るだろうけれど。


 少しずつサブスタンスのお陰で治っていく体に安堵を覚える。
 管が少しずつ少なくなっていく。
 どれくらい日にちが経っただろうか。


「それで今日は…」
「……っ」
「…おチビちゃん?」
 びくりとおチビちゃんの瞼が動いた気がした。
 もしかして、
「…おチビちゃん!?」  名前を呼べば、ゆっくりと、あの綺麗な瞳が開いていく。
「……」
「おチビちゃん!」
 そして、その目に俺が映った。
 ああ、良かった。
 良かった――――そう思ってたのに、


「……おまえ、」
「……」
「おまえ、誰だ……?」


 好意でも、嫌悪でもないその声音に寒気がした。
 なんで、どうして、 そして脳裏に掠めたのは、ブラッドが教えてくれた一つの情報



『嫌なことを忘れさせる』―――サブスタンス。



「おチビちゃん…」


 そんな、まさかと思いながらも、出たその答えこそが正しいだと解ってしまう。

「俺のこと…忘れた…?」
 その問いに、答えてくれる人は誰もいなかった。