ルミナス

「威吹はばかだなぁ」


 そう口にする相棒に対してどうしようもない愛しさを覚えた。
 春野威吹は女が好きである。
 公安に与えられる 身分設定 カバー のほとんどはコレであり、実際、学園ではスカートめくりの常習犯だったのもコレの延長である。
 そもそも、威吹の整った顔立ちと肩書きさえあれば、わざわざ能力でスカート捲りなんてしなくても、引く手あまたで女性の方からスカートどころか下着だって脱いでくれるくらいだ。
 けれど、そうしないのは威吹が実際は女好きでも、スカート捲りが好きでもなんでもないからだ。
 否、別に女性が嫌いなわけじゃない。実際、女性は好きだ。
 けれど、それは自分を大切に育ててくれた母達に対してのモノが多く、女性への尊敬の念のようなものが大きかった。
 だから、威吹はむしろ自分はそういった情欲に関しては薄いものだと思っていた。


 威吹にとって、むしろ関心があったのは、
「いぶき!」
 キラキラとした瞳で、夢や希望を抱いたその姿だった。
 過去にあった超能力者による大規模災害。
 けれど、実際は―――軍による能力者の実験が原因だった。
 普通なら多くの犠牲者を出したところで、実験を辞めるのが普通だ。
 けれど、能力に魅入られた≪軍≫が辞めるわけもなく、実験は幾度と繰り返された。
 軍の実験は今よりもずっと酷く、被験者も希望者を募っているわけでも、ましてや今のように学園と協力して実験を行っていたわけではない。
 実験の被験者のほとんどが孤児や攫われた子供達だった。
 威吹も、そして―――獅子雄もその一人だった。
 毎日、痛くて、辛くて、苦しくてどうしようもない実験。
 ひとり、ひとりが死んでいく。マトモに与えられない食事。うまくいかない実験のはけ口に行われる暴力。
「……かぁちゃん……」
 今でもこの時の事は思い出したくない。
 絶望しかない、暗闇だった。


 でも…決して光がなかったわけじゃない――――。
「……いぶき?」
 きょとんとした顔で、自分よりも幼く見えるその顔。
 ししお、と彼は名乗った。
「いぶき、痛いのか?」
 自分だって痛いくせに、ししおは笑うのだ。
「だいじょうぶだよ、いぶき」
 たった二人の、生き残りだった。


 当時、まだ作りたての公安が、透さんが突き止めて救ってくれた時には子供達の亡骸の中、二人が生き延びていた。
 この事件の事は、威吹や獅子雄だけではなく、残や透の中でも辛い事件として残っていた。
 軍は異常者による連続殺人事件として処理し、公安特課はあと一歩届かず真相を葬られた。


「おにいちゃん達がたすけてくれたの?」
「―――」
 そう尋ねると二人の顔は酷く強張った。
 そんな顔をしなくてもいいのに、悪いのは二人じゃないんだから、そう言いたいけれどいぶきの声は喉に貼り付いて何も言えなかった。
「ありがとう!」
「っ!」
「おにいちゃん達、正義のヒーローなんだな!」
「……おれたちは…」
 そんなたいそうなものじゃないと言いたかったのかもしれない。
 けれど、いぶきには解る。
 ししおの言葉が、きっとふたりを救ったのだ。


「おれも―――おにいちゃんたちみたいになる!」
「……っ」
「正義の味方になって、それでみんなをまもるんだ!」
 そう笑うししおが余りにも眩しくて、綺麗で、
「……おれも…」
「いぶき?」
「おれも、なる」
 なりたいと思った。
 

 この眩しくて、綺麗で、どこまでも真っ直ぐな存在のようになりたいと思った。
 それからも時間を見ては残と透は二人に会いにきてくれた。
 事件の被害者ということで公安の、当時の少ないツテを頼って二人には多大なケアがされた。
 余りにも医療方面が脆弱だったせいで、残は大学の友人だった癒宇に協力を仰いだ。
 公安は、少しずつ、少しずつ力を増した。
 あまり事件を関わらせたくないと思っていた二人の親も、公安の対応を見て思う事があったのだろう。
 二人が中学に上がる頃には候補生として二人は迎えられた。
 史上最年少の職員である。

 とはいえ、二人は職員である前に子供である。
 ましてや残と透にとっては過去の事件の象徴でもあった。
 だからある意味、大事に、それはそれは過保護にされた。そのことを威吹も獅子雄も特に不満に想った事は無いし感謝しかしていない。
 公安の息の掛かった中学校に通い、終わった後は公安で訓練を受ける。
 そして土日では泊まり込み―――そんな二人のためのカリキュラムが用意されたのも、二人から大事にされているからだ、というのはよく解っていた。
「なんだかお泊まり会してるみたいだな!」
 ニコニコ笑う獅子雄に威吹の頬も緩む。
 16を過ぎれば、自分達もどこかに潜入捜査をするのだろうか、そんな事を考えていた時だった。
 疲れていたのだろう、獅子雄は隣のベッドで寝息をたてはじめる。
 さっきまで話をしていたのに、と威吹は考えながら
「おい、ふとん―――」
 めくれてるぞ、と言って直してやろうと思った時だった。
 獅子雄の寝顔が目に入る。
 何度も、何度も見た筈のものだ。
 だというのに、疲れているせいなのか、若いからなのか、獅子雄の顔を見た瞬間、威吹の体の中心が反応した。  自分の熱をコントロールできるわけもなく、下に目線をやれば―――
「…なんでだよ…」
 しっかりと勃ちあがっていた。
 なんで?と正直思いながらも、
「う~ん……おーばーひーと……」
 むにゃむにゃと楽しそうな夢を見ている相棒の寝顔に更に硬さを増す。
 やばい、このままでは眠れない。
「……くっそっ……!」
 威吹は走れば痛いので、仕方なくノロノロと歩きながらシャワー室を目指す。
 そして、熱を放出した後、排水溝が詰まってしまうと情けなくもスポンジを片手に丁寧に掃除をする。訓練の後で疲れた体だというのに。
「……何やってるんだ、オレは…」
 その問いに答えられる人間はここにはいない。
 疲れているせいだ、そう威吹は自分に言い聞かせる、しかし、そうは問屋が卸さないのだった。
違う、これは間違えだ。
 そう、つまり―――
「疲れ魔羅ってヤツだな……」
「何言ってるんだ?威吹」
 獅子雄はのほほんと何も知らない様子でニコニコ笑ってる。
 その顔に心臓がときめいたり―――しない、絶対にしない。
 とにかく、オレは自分の反応が誤作動だったのだと思う事にした。
 なんとかあの後無理矢理眠りにつこうとしたがベッドでゴロゴロするだけだった。そのせいで今日は寝不足だ。
 疲れれば眠れるだろう、と思ったが今日に限って訓練内容はデスクワークだらけだった。辛かった。
 とにかく昨日の事は何かの間違いだ、と思う事にした。
 とりあえず、友人から借りたエロ本を開いてみたりする。
『春野、これ、めちゃくちゃきわどくてエロいぜ』
 中学男子というのはエロに興味津々だ。
 なのに、自分達はセックスをしたことがある、童貞は人間以下、そんなものやったことあるから自分達は興味が無い、と振る舞う。
 実際はほとんどが童貞であるというのに。
「どれ……」
 威吹ははだけた胸―――ではなく、もはや隠すものがないような状態で、申し訳程度にある捲れたスカートと、見せるようにM字開脚したせいで丸見えの陰部。
「なるほど……」
 確かにエロい。
 一ページめくれば捲るごとに顔もプロモーションも抜群の女性達のあられもない姿が移っている。
 だというのに―――
「嘘だろ…?」
 ……自分のものは反応しない。
 女体には興味がある。
 いや、興味津々だ。
 柔らかそうな体を触ってみたいとか、つややかな唇に重ねてみたいとかある。
 あるに決まっている。
 だというのに、どういうことだ…。
「威吹、残さんが呼んで――――――――うわぁああああああああああああ」
「あ、獅子雄」
「な、なななな……」
 金魚みたいに口をパクパクさせて何やってるんだ、と思っていると、
「何やってるんだーーーーーーー!!」
 鍛え上げられた獅子雄の拳が威吹の整った顔に食い込んだ。


「獅子雄が泣きそうな顔をするから何かと思えば……エロ本くらいで騒ぐな、お前ら」
「だって残さん!透さん~~」
「ああ、恐かったよな、獅子雄」
 よしよし、と幼い頃と同じように透に抱きつく獅子雄。
 髪の毛を優しく撫でる姿に、何故か威吹の心臓が痛む。
「まぁ、威吹も年頃だからな……女性の体にくらい興味を持つ頃か……」
「獅子雄は純粋なんだから、もう少し気を遣って隠れて読みなさい」
「……」
「威吹」
「……はい…」
「う~」
 透に抱きつきながら獅子雄が軽蔑するような目でこっちを見てくる。
「これからお前達はコンビとしてやっていくんだぞ、そんなんでどうするんだ」
「……そうだけど…」
「獅子雄」
「で、でも、え、えっちなことは…す、すきなひとと付き合っていっぱいデートして、けっこんしてからするものなのに……」
 そうたどたどしく、威吹からチラっと見えただけのページを思い出して顔を真っ赤にして言う。
「……」
「……」
「……」
 その様子を見て、残と透は可愛いなと獅子雄をなで回す。
「二人とも、子供扱いしないでよ!」
「こどもだろ~?」
「まだ中学生だもんな~」
「うぅ……」
「まぁ、獅子雄も許してやれよ」
「……」
「威吹の事、好きだろ?」
 すき、と言われて、威吹の心臓が跳ねる。
「……すき」
 そして、心臓が更に高鳴る。どういうことだ、これはおかしい。
「なら、仲良く出来るな?」
「……」
「出来るよな?」
 残に言われて、それから透に再度言われてこくりと頷く。
「よし、じゃあ仲直りだ」
「……獅子雄」
「……」
「ごめん」
「……うん」
 獅子雄は地面を見ながらゆっくりとこっちをむく。
 そして、顔を上げて、
「オレも、驚いて殴ってごめん」
「……」
 そう言って獅子雄はじっと威吹を見つめた。
 赤い、炎のような瞳がじっと見ていた。
 ―――なんだか心臓が、  


「お前達は相棒だろう?仲良くしろ」
 その言葉に嬉しそうに獅子雄が微笑む。
「うん、オレ達相棒だもんな!」


 心臓が凄く、苦しかった。  


   それから、オレ達は何も変わらなかった。
 本格的に任務をこなすようになって、暴走させるための薬物、能力者による犯罪、能力者の子供の誘拐など様々な仕事をした。
 その中で、とある学園にスカウトされるためにストリートファイトを行うように指示があった。
 タッグで強い能力者がいる、と有名になったオレたちは特に疑問に疑われることなく、潜り込んだ公安職員から≪スカウト≫されて転入することが決まった。  


 そこでオレは衝撃の事実に出会った。
 女性のスカートを捲っても、何も心が動かない。
 なんなら、汗だくの相棒の姿のほうが胸がドキドキするのだ。
 これは異常だ。おかしい。
「威吹~~!!」
 手を振って笑顔を見せる相棒。
 くっそ、お前高校生だろ、そんなに可愛くていいのか。
 そんなどうでもいい悩みを抱えながらも潜入捜査は続く。
 オレは獅子雄への思いと、捜査の中で揺れていた。
 一向に捜査が進まない。
 水無月博士が行っている実験を突き止めたいが、彼の息子である時雨には隙が無い。どうやって情報を得たらいいのか。
「……名門・鈴重家のお坊ちゃんがランクCとはねぇ」
「よく登校できるよなァ。恥ずかしくないわけ?」
 そんな日々の中、声が聞こえて能力を使って木の上へと登る。
 状況を把握するため、と思っていたがどうやら無能力者狩りのようだった。
 この学園では無能力者もいるのだが立場は非常に悪い。
 このままではランクC君は傷だらけになってしまうだろう。
 それに―――確かこの人物は報告書にあった……
「能力者様に向かってなんだよ、その目は」
「自分の立場がわかってないんじゃないの?もっと痛い目見ないとさ!」
 否、そんなこと関係なく、相棒がこの場にいったら同じことをしただろう。
 そう考え、
「暴風警報」
 オレはそのまま、カッコ悪い男2人を風の刃で裂く。
「うわっ……何……ってか、誰だよ、お前!!」
「いや~無抵抗の無能力者に2人がかりとか。ちょっとカッコ悪すぎて見てられなくなっちゃってさ」
「はぁ?お前に関係ないだろ」
「ダッセ、正義の味方気取りかよ」
「誰だか知らねーけどすっこんでろ!」
 実際、正義の味方だけどな、と心の中で突っ込んで大した相手じゃない能力者に暴風をぶこちんでやる。
「ひぇ…!」
「うわあっ!」
「まだ続ける?」
 威勢の良いわりに、そのまま倒れた能力者を放って置いてオレは相手に近づく。
「まだ続ける?……っと、気絶しちゃったかな、ま、いいか」
 間違えない。
 水無月時雨の幼馴染の―――『鈴重零司』だ。
「ま、いっか。立てるか?ランクCくん♪」
 手を伸ばし、相手に警戒されないように努めた。


 オレはとりあえず零司と『友達』になることにした。
 そうすることで捜査が進むと思っていたからだ。
 しかし―――


    「こいつが厚木獅子雄。オレの相棒」
「……ど、どうも。鈴重零司です」
 緊張している零司に対して獅子雄はキラキラとした目で零司を見た。
 そして、
「オレは厚木獅子雄!もしかして、オレ達に協力してくれるのか?」
「え?」
「こら、獅子雄!」
「協力?」
「なんだよ、威吹。説明してなかったのか?」
「……説明…?」
 きょとんとした顔の零司にオレ達は説明することにした。
 自分達のこと、学園と軍が秘密裏に協力して開発している兵器のこと。
 そして―――  


「ウソだろ……水無月博士が…?」
「本当かどうかはオレ達にも解らない。だが、調べていくとその名前に辿り着くんだ」
「そんな……」
「信じられない気持ちはわかる。でも、だからこそ零司に協力してほしい」
「……でも、僕は……」
 少しだけ零司は考えた。
 それはけして時雨を信じているから断るとかそういうことではないのだろう。
「……無能力者だ。2人の役にたてるかどうか…」
「どんなの関係ない!」
「……っ」
「それに、無能力者とはまだ限らないだろ?この学園にいるってことは素質はあるってことだ」
「でも……」
「零司がもしも恐いならオレと威吹が絶対に守る。だから、もしも少しでも幼馴染を守りたいって、本当の事を知りたいって思うなら協力してほしいんだ」
「……」
 その言葉に零司は少しだけ迷っているようだった。
 視線を一度下に向けてそれから真っ直ぐに獅子雄を見つめた。
「……わかった」
「っ……」
「2人の協力をするよ、えっと、春野にあつ―――」
「そんな他人行儀な呼び方するなよ!獅子雄に威吹でいいって!」
「し、ししお?」
「そう!」
 そう言ってぎゅーと抱きつく姿は微笑ましいものな筈なのに何故か何かが刺さったかのように胸が痛い。
 その感情に色がつくのが解る。
 けれど、今はそんな場合ではない。
 それから、零司のお陰で捜査は一気に進む事になった。  


 生徒会が関与している可能性があると思っていたが、水無月時雨は何かを知っていそうではあったが、関わってはいない様子だったこと。
 逆に拝田丞は何らかのカタチで開発に関わっているようだということ。
 答えに近づいているというように、相手からの攻撃や妨害が増す。
 そして事件の中心になっているエネルギー炉とオレ達は向かった。  


 そこにいたのは――拝田丞だった。
 ヤツを逮捕しようとしたが結果は惨敗。
 もしも、零司と水無月時雨がいなければ事件は終息することが出来なかっただろう。
 オレ達は傷だらけになって公安特課の息のかかった病院へと担ぎ込まれた。
「……ししお…」
 隣のベッドに眠る相棒。
 体の節々が痛むが、体を引きずって手を伸ばす。
 頬に触れるとぬくもりを感じて安心する。
 ああ、生きている。
 

「……いぶき…?」
「……獅子雄…」
「なんてかお、してるんだよ…」


 ああ、どうして気付かなかったんだろう。  


『いぶき、いたいのか?』


 あの日、同じ痛みを共有していた時から、ずっと自分は―――  


「獅子雄」
「…うん?」
「おれ、は」
「……うん」
「おまえがいないと、いきていけない」


 辛くて苦しくてどうしようもなく痛くても、獅子雄がいたから生きてこれた。
 どんな時だってお前がいたから幸せだったんだと。
 そう気付いた時、ずっと否定していた気持ちがぽろりと口から零れた。
 

「好きなんだ」
「……威吹」
「好きだ、獅子雄。お前の事を―――愛してるんだ」


 どうかそれだけは解って欲しくて伝えれば、獅子雄は一瞬驚いた顔をして、それから、
 

「威吹はばかだなぁ」


 獅子雄は笑った。
「オレだって、お前がいないと生きていかないのに」  


 まるで、否、光そのもののような笑顔を浮かべる相棒が愛しくて、好きで好きでたまらなくて、
 オレはそのまま衝動的に唇を重ねた。  


 


 

ずっと書きたかったいぶししをやっと書けました。超常事変で色々思う事はありますが、それでも春名曰く「威吹と獅子雄って仲いいだろ?きっと何年経っても変わらないんだろうな」という発言から過去も未来も2人には共有してほしくて書きました。
はるはやを愛していますが、はるはや派生で一番最初に好きになったのはいぶししです。
どうか、はるはやも、いぶししも、バレトリも幸せであれ