ガラスの靴

 バンドの―――High×Jokerのことになると、どのユニットよりも自信があるくせに、自分のことになると自信がなくて、
 でも、謙遜しがちとか、遠慮しがちとかそういう嫌なところがなくて、
 なんでもないこともいつも笑っていて、
 かと思って、すぐに感動して涙を流す。
 だけど、辛いこととか、悲しいことでは絶対に泣かない強さを持つ。


 春名の前には一度としてこんな人間は現れなかった。
 どこにでもいる、普通の高校生。
 それが春名の、他の人間も含めて秋山隼人を見た時の印象だろう。


 だけど、蓋を開けてみればどうだ。
 隼人を知れば知るほど―――『こんな人間』、他にはいない。と誰もが思い知らされるのだ。
 誰もが描く『普通の高校生』なのに、全然『普通』じゃない。  


 隼人のことをファンは『シンデレラボーイ』と言う。
 ファンにとって、アイドルというものはプロデューサーが持ってきたガラスの靴を履いて、お城―――芸能界に連れて行かれる存在だかららしい。
 そして、キラキラとしたそのステージというお城の真ん中に輝く 存在 アイドル がシンデレラボーイなのだという。
 そうなると、プロデューサーはカボチャの馬車やガラスの靴を出した魔法使いなのだろうか。
 でも、春名は―――否、旬も、夏来も、四季も知ってる。


 秋山隼人という人間はガラスの靴を履かせて貰うような人間じゃない。
 シンデレラのように辛い事や苦しい事を耐えて耐えて、誰かに助けて貰うのを待っているような弱い人間じゃない。
 隼人は、普通の靴でも駆け出して、そしてその靴が誰よりもピカピカと輝かせてしまう魔法を自分で持っている。
 魔法使いに魔法なんて掛けて貰う必要がない。
 旬も、夏来も、四季も、春名も―――隼人にその魔法をかけられてから、この耳から、ギターの音が鳴り止まない。


 どんなステージの響くどんな素敵な音楽も、色とりどりのスポットライトも、何もかも隼人自身の輝きには適わない。
 目が奪われて離れない、瞬きひとつできない。
 ―――大好きじゃ足りない、愛して止まない。
 優しい、ギターの音で満たされていく、魔法に掛けられていく、そして、二度と解けない。
 きっととく日は―――来ない。


「どうしよう」
 移動中の車でぽつりと隼人が口にした。
「どうしたの……ハヤト」
 心配そうに夏来に言われて、隼人は続きを言う。
「だって、今日サインと握手会じゃん!もしも、みんなが目当てで、俺の時だけ残念そうな顔されたらどうしよう…!」
 隼人は自分でモテていないと思っている。
 他のメンバーよりもあんまり顔が良くないと思っており、コンプレックスをかかえているらしい。
 自分達からしてみれば、そんな良さが解らないような人間は放っておけ、と思うがどうにもそうはならないらしい。
 隼人には一つ年上の兄がいる、らしい。
 らしいというのは聞いただけで会った事がないからだ。
 だから、どういう顔をしているのか、似ているのか似ていないのかさえ解らない。
 解るのは隼人曰く、なんでもスマートにこなせる完璧超人で少し冷めているらしい。
 これだけ聞けばかなり隼人とは似ていない。
 だけど、プロデューサーにご飯に誘われたときとか、兄に電話して一緒に食べられない事を連絡している。
 それに、朝、学校や事務所で会ったりすると「アニキにからかわれた!」と言っているのでそこそこ仲が良いのは感じられる。
「大丈夫でしょう。僕達の曲を聴いてくれる人なんだから」
「でも~~、だけどさ~~~」
「大丈夫っすよ!だってハヤトっちが作った曲、メガメガすげーっす!」
「そうかな~そうだったらいいんだけど……」
 はぁ、とため息を吐く旬と、キラキラとした目の四季に言われても隼人は心配そうにしていた。
「そうそう、だって、ハヤトの作った曲が好きだから来てくれるんだろう?」
「うぅ、そうだといいな……」
 High×Jokerの曲のほとんどは隼人が作っていた。
 音楽に疎かった春名は解らないが、ギターをはじめて一年でここまで弾けるのも、オリジナルの曲を作れるのも凄いと思うし、天才じゃないかと思う。
 秋山隼人には求心力がある。
 人を惹きつけてやまない何かが、隼人がいなければこのバンドは出来なかったし、大会に出場なんてしなかったし、スカウトなんてされなかっただろう。
 この煌めきを、見逃したくないと思わせる何かがきっとあるのだ。
 だけど、本人はその自覚が全くないので自信がひとつもない。
「そうだよ」
「プロデューサー」
「ハヤトは、High×Jokerのみんなは凄いんだから胸をはって」
 そう言うプロデューサーの言葉でやっと隼人は安心したように笑う。
「プロデューサーがそういうなら、うん、わかった!俺、頑張るね!」
 それから歯を見せて笑う。
 プロデューサーはずるい、と思う。
 アニキのような、アネキのような、春名にとっては母親以外で心から信頼できる大人。なのだが、そのせいか隼人はプロデューサーには全信頼を寄せていた。
 自分達が言っても心配していたのに、今だってプロデューサーに言われると笑って自信を取り戻す。
 自分でも重症だなと思う。
 プロデューサーにまで嫉妬するだなんて。
 だって、しょうがない。


 春名は自分で解ってる。
 きっと、自分はプロデューサーにガラスの靴を履かせて貰っても、あのステージにはいけないことを。

 隼人を、みんなを連れて行かないで、と願っても無駄だと。
 自分は、『シンデレラ』になれない

 

隼人はけして普通の靴でも飛び出して輝けるけど、春名はガラスの靴を持って隼人とPに二重の魔法をかけられてやっと輝ける子なんですよね。
そういう話を書きたかったんですが暗くなってしまった…
隼人に言えば多分、春名だって輝けるよと言ってくれると思います。だって春名も我々にとっては眩しいシンデレラのひとりなので。