kaleidoscope

 やる気なんて、1つもなかったんだ。
 でも―――
 

 『ハルナもバイトで忙しいだろうに「ドラムは初心者だから」って言って、ちゃんと練習に来てくれて気持ちのいいリズム叩いてくれる』
 
 留年回避のため。
 考えるまでもなく、バンドが好きで、ギターを弾くのが楽しくてたまらない!というハヤトと自分じゃ余りにも違うことくらい解っていた。
 だから気持ちがバラバラなのは当たり前だった。


『俺、みんなの奏でる音が大好きなんだ』


 でも―――  


『今はまだバラバラかもしれないけど、本気を出して5人の音がちゃんとそろったらきっと熱くてサイコーな音楽になると思う!』

 教師ですらもうどうしたらいいのか解らないようなオレを信じてくれていた。  


『そんな音楽をたくさんの人に聴いてもらいたいんだ』


 恋に落ちたのはきっとこの時だと思う。
 綺麗なものだけ見てきたのかと思うほど真っ直ぐでキラキラとした瞳。
 でも、甘やかされて生きてきたとは1つも思わなかった。
 むしろ、こんなに『綺麗な人』がいるのかと思った。
 格好良いとか、美形だとか、そういうものとはまったく違う次元。  


 ハヤトはすぐ泣く。
 涙腺が弱いんだろう。
 だけど、そのくせに―――辛いとか、悔しいとか、悲しい事では泣いたりしない。
 嬉しいとか、楽しいとか、良かったとか、そういう正の感情というのだろうか、ただ良かった事だけを捕らえて涙を流す。
 自分とは全然真逆の人間。
 だから惹かれたのだろうか。
 

「ハヤト、もうすぐ開演だな…」
 自分よりも年下なのに、いつも一番前で歩いている背中に。
「不安になることなんてないよな」
 ここぞという時、きっと自分だって不安だろうに、笑ってくれる顔。
「ここには仲間も、応援してくれるファンのみんなもいるんだから―――みんな、笑顔でこのステージを楽しもう!!」
 伸ばしてくれたその手の力強さに何度救われただろうか。
 気がつけばもう、目が離せなかった。
 思えばもう、かなりハヤトに夢中になって抜け出せないところまで来ていたというのに、
 
 

 
「最年長の兄貴分!」


 好きだと自覚したのは―――
「俺たちが悩むときはいつも相談に乗ってくれる、太陽みたいな存在かな!」
 きっとこの時だった。
 太陽みたい、だなんて。
 オレなんかよりも、ずっと眩しくて太陽みたいな存在がいる。
 ハヤトに、High×Jokerに会う前までの自分は、正直真面目に生きていなかった。
 適当にのらりくらり生きていて、ちゃんと真面目に人と向き合う事もしなかった。
「ちょーっと泣き虫だけど……」
 でも、あの日、ハヤトが笑って歓迎してくれた。
 たった二年いればいいだけのちょっとした宿り木のつもりだったのに、気がつけば大好きでどうしようもない場所になった。
「いつもみんなのことを考えていてくれる、すっげー頼りになる男!」
 二歳年下。
 なのに、どうしてだろう。
 擦れたところがなくて、どんな嫌な事も、辛い事も真っ直ぐに取り組む。努力してどんな困難も解決しようと、乗り越えようとする姿。
 それは、オレが手に入れられなかったもの。
 ハヤトの眩しさに、オレも、ジュンもナツキもシキも救われている。
 でも、告白するつもりなんて、1つも無かった。
 このまま、ずっと友達として―――隣にいられたら、そう思っていたのに。
 

「ハルナってデートしたことないってホントのホント?マジのマジで?」
 隼人が余りにもそういうから、
「こんなことでウソついてどうすんだよ」
「…じゃあ質問を変えるけど、女子と2人で遊びに行ったことはある?」
「ん?まぁ、何度かあるかな。ゲームセンター行ったり、ケーキの食べ放題とか」
「それをデートって言うんだよ!」
「えっ!そうなのか?遊びに誘われて、ついていっただけだぜ?」
「ハァ…一瞬でも仲間だと思った俺が間違いだった…」
 好きな子がデートをしたいと言っていたら誰だって、望みのない恋だと解っていてもその感情は箱にしっかりしまっていたと思っても、顔を覗かせてしまう。
「…待てよ、あれがデートなら、オレ、ハヤトにアドバイスしてやれるんじゃね?」
「はっ、確かに…!」
 オレだって、好きな子と『デート』したい。
 ただ誘われてじゃなく、友情以外の気持ちを抱いていない相手とじゃなく―――
「神様仏様ハルナ様ー!どうか、デートの極意を教えてください!」
「よーし、いっちょ任せとけ!」
『本気で好きになった子』と。
 ハヤトと、秋山隼人としたい。


 ハヤトの手をとり、縁日へと向かう。
 嬉しそうな顔と、弾む息。
 キラキラとした前を見つめている目。
 秋山隼人の事を知ればしるほど好きになる。
 隼人のことを嫌いになれる人間なんていない。
「お好み焼きにチョコバナナ……屋台の食べ物って全部美味しそうに見える!」
「普通に、楽しんでどうすんだよ…まぁいいや、ハヤト。そこで待っててくれ」
 無邪気に笑う顔。楽しそうな声。
 もっと、もっといっぱい見たいと思う。
  「ほら、両方買ってきたぞ。2人で分けて食べようぜ」
 もっと一緒にいたいと思う。
「少し混んできたな……ほら、人混みに流されないよう気を付けろよ」
「おぉー…か、カッコいい!これがモテオーラか…眩しい!」
 好きだって気持ちがこれ以上飛び出さないようになんとか蓋をする。
「…俺も、ハルナみたいにさらっとそういうカッコいいことできるかな」
「……」
 その言葉にハヤトは気付いてないのか?って思う。
 ハヤトがいるから、ハヤトのお陰で俺は前を見れるようになったのに。
「ハヤトさ、何がそんなに心配なんだ?」
 きっと、ハヤトが信じてくれなかったら、オレは留年回避どころか退学してたと思う。
 ジュンも、シキもハヤトがいるから軽音部に―――High×Jokerに入ったと言っていた。
 ナツキはジュン以外で仲良くなった友達はハヤトが初めてだと言っていた。
 ハヤトがいたから、みんな、扉を開いたんだ。
「ハヤトさ、何がそんなに心配なんだ?」
「その…もし失敗して、読者やファンに嫌われたらと思うとさ…」
 それは、オレがやってることなんかよりも、ずっとずっと凄いことなのに。
 ハヤトはモテなんかよりも、ずっとずっと凄い事をしてるのに。
「ハヤトは嫌われるようなことしないだろ。いつも通りやれば大丈夫だって」
 だって、オレはハヤトが好きだから、と言えたらどんなに良いだろう。
 でも、言えない。
 言ったら、友達でなくなるかもしれない。
 そう思って、
「オレはハヤトがいい知ってるし、いつだってオレは味方だぜ」
 好きと言えない代わりに、ずっと味方だと、世界中が敵になってもオレがいると言う。
 顔も見えないようなヤツじゃなく、オレがいるからいいだろと。
 そんな邪な気持ちにハヤトは気付かないで笑ってくれる。
 

「ハルナ…!うん、ありがとな…!」


 今はそれだけでいいって思ってたんだ。
 これ以上、望むものなんてない。
 ハヤトの隣にいれたらいいって、そう思っていた。
 思って、たのに―――――――  


    「は…?」
 バイト帰り、ハヤトの背中が見えた。声をかけようかと思ったら、
「隼人、危ないだろ」
 そう言って、ぐいっと隣にいる男がハヤトの手を掴んだ。
「もう!大丈夫だって!」
「どうだか、この前も転びそうになってただろ」
「もう、すぐそうやって言う!」
 ぷくりと頬を膨らますハヤト。
 そしてハヤトの隣には――見た事のない、イケメンの、男。
「……」
 今まで、ハヤトに一番近いのはHigh×Jokerのメンバーだと思っていた。
 だって一番近くに、いたから。
 でも、今のハヤトの表情は誰も見た事のないもので。
 オレはそれ以上声をかけられず、ただハヤトの背中が遠くなっていくのを見ていた。


 
 何でも出来る人だった。
 たった一つしか変わらないのに、兄はなんでも出来た。
 それがすごく格好良くて、憧れで、羨ましかった。
 勉強も、運動も、家事も何もかも。
 自慢の兄だった。
 だけど、俺はこれといった特技がなかった。
 少しでも自分が誇れるものがほしかった。
 自分を見てくれる、誰かがほしかった。


 ギターを始めたのはモテたいというより、誰かから見てほしかっただけかもしれない。
 そのうちにギターの魅力に取り付かれて、バンドをメジャーデビューしたいと思うようになっていったのだけれども。
 内心、きっと兄貴ならもっと出来るんだろうな、と思うこともある。 一度シキに言ってしまった事があるし。
 でも、俺はギターが好きだ。
 ギターを弾いて、みんなの音が重なっていくことがうれしい。


   それにバンドを組んで、スカウトされて、いろんな大人の人と会った。
 その上でわかったのはーーー自分の兄は規格外だったということ。

 大人になったから、とか年上だから、とかすっごく仕事が出来たりすごい人たちでも一つや二つは弱点や欠点があるということがわかった。
 でも、アイドルの仕事をしているうちに、それも魅力なんだとわかるようになっていった。
 同時に、
 こんな俺のことを好きだって、応援してるって言ってくれる人が沢山いることがすごく、すごくうれしかった。
 今のハヤトでいいって、そうみんな言ってくれる。
 大好きだって、ずっと見てるってみんな言ってくれるのだ。


 でも、同時に恐かった。


 もしも失敗して嫌われたら?
 がっかりされただろうしよう。
 今好きだって言ってくれる人たち、みんな離れちゃったらどうしよう。


 そう思っていた。
 みんなに期待されてることをちゃんとやりたい。
 自分だって出来るんだって見せたい。


 でも、俺の手はぜんぜんだめで、
 ギターを弾いているだけじゃ、全然だめだった。
 足りなすぎた。


 でも、その度に、


「そうだなぁ……オレはハヤトのこと、カッコイイって思ってるぜ?どんな悩みもテキトーにしないで、なんとかしようって努力するだろ」


 そっと背中を押してくれる人がいた。


「ハヤトは嫌われるようなことしないだろ。いつも通りやれば大丈夫だって」


 兄よりも年上の、同じ学年で、かっこうよくて、かわいいところもあって、優しくて、頼りがいがあって、勉強が嫌いで―――


「いつもみんなのことを考えていてくれる、すっげー頼りになる男!」


 太陽みたいなその人が言ってくれた。
 ハヤトはそのままでいいって、その言葉にどれだけ救われたのか、きっとハルナは知らない。
 ハルナのお陰で、少しだけ意固地になっていた兄との関係も改善した、ような気がする。
 勿論315プロのみんなのお陰もあるけど。
 ハルナにあって色々気付いたことがある。
 よくよく考えたら兄貴も1つ年上とはいえまだ子供で。
 両親が海外にいって、2人になって、それでも落ち着いて家の事をしてくれている。
 そのことに前だったら兄貴は自分と違って、とか、自分とは似てない、と羨んだことだろう。
 でも、色んな人と会って、色んな事に気付くようになった。
 そして、辿り着いたのは、たった1つしか違わないのに、兄貴は色々してくれていたんだ、という感謝だった。
 それを考えたら、何でも出来る兄を羨んでいる自分が恥ずかしくなったし、馬鹿らしくなった。
 それからは意地をはるのを辞めた。


 それに、元々嫉妬はあっても、相手の事を嫌いなわけじゃない、ううん、むしろ大好きだった。
 肩の荷を下ろせば、簡単なもので、今では以前のように、



「食べ過ぎなんじゃないか」
「そんなことないって!」



 こうやって兄貴と普通に街を出歩くようになっていた。
 午後から事務所に行かなきゃいけない、という日曜日。
 兄貴も友達と午後から遊ぶのだと聞いてどうせなら少し早いお昼ご飯を2人で食べようと言った。
 兄貴のオススメのお店に入って、なんだか大人っぽくてドキドキしたりして、それをからかわれた。
 いつまでも子供扱いする!と思ったりしたけど。



「そろそろだろ」
「うん!こっち!」
 それじゃあね、と走り出すと、ハルナとシキの姿が見えた。
「ふたりとも、おはよう!」
「っ、おはよう、ハヤト」
「ハヤトっち~!おはようっす!……って、あれ?」
「……うん?」
 何だろうかと思っていると、後ろにいた兄貴にシキは気付いたようで、兄貴はぺこりと頭を2人に下げて去って行く。
「今の誰っすか?」
「……」
「え?」
 その言葉に、2人に言ってなかっただろうかと思う。
 でも、よくよく考えたら家族の事をHigh×Jokerのメンバーはあんまり話さない。
 兄貴のことを話したのもシキとナツキにだけ、だった気もする。
「そういえば、教えたことなかったっけ、今のは」
「今のは?」
「前、シキに教えた兄貴」
「……え?」
 それに対して反応したのはハルナだった。
「ハルナ、どうかしたの?」
「いや……それより、今の人、本当にハヤトの兄貴なのか?」
「うん、そう。……って、あんまり、似てないよな~……兄貴は格好良いしさ、オレと違って大人っぽいって言われるし……」
「確かにあんまり似てなかったっすけど、でも髪の毛の色とか、雰囲気とかは確かに似てるかもしれないっすね~」
「そうか?そうだと嬉しいんだけど……ハルナ?」
 なんだか様子がおかしくて、どうしたんだろう、と覗き込む。
 すると、ハルナが初めは暗い顔をしていたけれど、徐々に明るくなっていって、嬉しそうに口元をほころばせる。
「兄貴……そっか、お兄さんか…」
「ハルナ?」
 どうかしたのか?と首を傾げると
「ううん、なんでもない!」
 口角をあげて、ハルナは鼻歌をうたいだす。
 なんだろう、と正直不思議に思ったけれど、ハルナが嬉しそうならそれでいいか。


 そう思いながらゆっくりと3人で事務所へと向かった。
 嬉しそうなハルナの横に並びながら。


 ―――兄貴。
 ハヤトから伝えられた真実を聞いて、心底安心する。
 良かった。
 だって、兄貴ってことは、オレにとっての母ちゃんみたいなものだし、ノーカンだよな。
「……」
「ハルナ、どうかした?」
「え?」
「なんだか嬉しそう」
 ニコニコとハヤトは言う。
 ああ、嬉しい。
 だって、この恋はまだ終わらせなくて良いのだから!
「いいこと、あったのか?」
「ああ、あった」
「えぇ、なんだよ、それ~」
「きっと、特製ドーナツを見つけたっすね!」
「甘いな、シキ。ドーナツはどれも美味しいんだぜ」
「なんだよ、それ」


 もう少しだけ、こうして手の届く位置にいたい。
 いつか、本当に片思いを終わらせなきゃいけない日がくるとは解っているけれど、コロコロ変わるハヤトの顔をもう少しだけ、出来れば1つでも多く笑顔をみていたいんだ。
 

   


 

モバエム時空が大好きです……