さよならアルマゲドン

 まだ、16歳の頃。
 世界はどこまでも続いているのだと信じていた。
 永遠はあるのだと思いたかった。

 この幸せな日々がいつまでも続くんだと。

 でも、それは違うのだと思い知らされた。  

「……」


 雨が降っていた。
 葬式、というものを初めて体験した。
 高校生の自分には『死』なんてほど遠いものだと思っていた。
 泣く岬とあおいの横でただ呆然としていた。
 いくつものどうしてと、なんでが頭の中でよぎった。


 朔太郎の葬式は人が少なかった。
 朔太郎自身はとてもいいヤツだったけれど、でも長年の闘病生活で友だちは離れていった。
 家族の人達と、俺たち幼馴染みだけだった。
「……」
 風太は泣かなかった。
 でも、気丈に振る舞っていたわけじゃない。
 どういう顔をしていたのか、自分達も覚えてない。
「……やぁ…」
 ただ、出棺の時、
「風太…」
「兄ちゃん、くるしか!そんなことせんで!」
 棺の蓋が閉じられた瞬間、風太が反応した。
「風太!」
「息ができん、くるしかって言うとる!そげなことせんで!」
「……っ」
「兄ちゃんが死んじゃうばい、そげなことせんで!」
「……うっ…」
 風太は、誰よりも朔太郎のことが大好きだった。
 朔太郎も風太のことを誰よりも可愛がっていた。
 仲の良い兄弟だった。


 元気な風太を朔太郎は一度も怨んだり羨ましがることはなかった。
 本当に心から愛してるのだと解っていた。
 風太も同じように朔太郎を慕っていた。
 走り回って落ち着きのない風太が、朔太郎の病室では静かにしているのだ。
 時間いくらあっても足りないと言いたげにずっと話をしていた。
 子どもっぽいあやとりが風太は大好きだった。
 病室ではやれる遊びなんてたかがしれている。

 あやとりも、ボードゲームも、そんなに得意じゃないのに風太は大好きだった。
 朔太郎の奏でるサックスが好きだった。
 朔太郎曰く、風太が赤ん坊の頃から二人はずっと一緒にいたという。
 家族だから当たり前なのだが、風太の両親が言うには、忙しい両親よりもずっとずっと朔太郎に懐いていたという。
 それくらい、仲の良い兄弟だった。


「兄ちゃん……兄ちゃん…」


 風太の悲壮な声が会場に響く。
 誰もが朔太郎の死を受け入れられなかった。  


 立ち直ることなんできるはずがなかった。
 朔太郎とお別れするには若かったのだ。
 朔太郎も、自分も。


「……っ」


 朔太郎が死んで、世界が終わったと思った。
 明日には世界が滅んでるのだと思った。
 でも、世界は無情にも続いた。
 腹立たしくて、腹立たしくて荒れた。
 売られた喧嘩を買うだけ買った。
 何もかも壊れてしまえばいいと思った。
 生きている自分にも腹が立った。
 何が音楽だ、何が夢だ。
 朔太郎はいないのに世界は続く。
 世界を目指すだなんて何を馬鹿なことを思っていたんだとベースを壊した。


 世界が滅べば良い。
 全部壊れてしまえばいい。
 朔太郎がいない世界なんて意味が無い。


 そんなことをどうして考えたんだろう。
 だから、罰が当たったのだ。



「絋にい!」
「……岬、あおい……」
 終わった世界の中でも、それでも大切なものはあった。
 それが幼馴染みだった。
 そして、俺はなんて馬鹿なことをしてたんだと気付いた。


「風太が」


 朔太郎が俺に残してくれたものがあった。
 死ぬ間際にした約束。
 朔太郎にとって一番大切なもの。
 そして――――――俺にとっても、大事な、


「……ふうた…?」


 風太の世界は終わっていた。
 朔太郎という神様がいなくなった風太は現実を否定した。
「……」
「風太…?」
 俺は風太がこんな顔をしていたコトなんて見た事がなかった。
 よく笑い、よく泣くのが風太だった。
 なにせ、5歳と3歳からの付き合いなのだ。
 風太のことで知らないことなんてほとんどないと思っていた。

 けれど、全ての感情をなくして、まるで人形のようになった風太は、俺の望んだように世界が滅んでいた。
「……っ」
『絋平……風太の『楽しい』を守ってやってくれ』


 頼まれたのに。
 約束したのに、俺は逃げ出して、そして俺が願った通りに風太は世界を滅ぼしてしまった。
 優しい風太は俺の望みを全部かなえて、自分自身を壊してしまった。


 朔太郎がいない世界が許せなかった。
 でも、風太は優しいからその世界を許した。
 でも、朔太郎のいない世界でいきていけない自分を壊したのだ。
「……」
 朔太郎が、風太を連れて行ってしまった。  


 世界が滅べば良いと思った。
 でも、風太に泣かないで欲しいと思った事はあったけど、笑顔を奪おうだなんて思った事は一度も無かった。
 俺が約束を放棄したから、忘れていたから、朔太郎が怒ったのだと思った。


 その日から、時間があれば風太の家に行った。
 風太は笑わない。
 朔太郎の名前を出しても反応すらしない。
 神ノ島家は悲惨だった。


 大切な長男が亡くなって、次は次男が自分の殻に閉じこもってしまった。
 こうなれば供養どころではない。
 朔太郎と風太の両親の顔には疲労が浮かんでいた。
 もう、限界が近いと解った。


 朔太郎が亡くなって約一年。
 ラグナロクもアルマゲドンも起きない。
 世界が終わったのは風太だけだった。

 もう頼りにならない神様には祈らない。
 俺が祈るのは朔太郎にだけだった。
 風太を返してくれと、
 もう約束を忘れたりしない、また笑ってくれたら大切にする。
 絶対に幸せでいさせつづけるから、だからどうか、と何度も何度も何度も、朔太郎に祈った。
 何度も、謝った。


 そして―――朔太郎は許してくれた。
「絋兄ちゃん!」
 風太が変なんだよ、とあおいに言われて様子を見に来てみれば、朔太郎のサックスを手にしていた。
「……風太…」
 風太が笑っている。
 こんなにも喜ばしいコトはあるだろうか。
 今まで貰ったクリスマスプレゼントも誕生日プレゼントを返してもいい。
 これからのモノだっていらない。
 それくらい幸せだった。
「…!風太!」
 嬉しくて思いきり抱きしめれば、
「絋兄ちゃん!そんな強く抱きつかれたら痛かよ!」
「…っ、わ、わるい!」
「サクタローも痛か!っていっとるけんね!」
「……え」


 サクタロー。
 そう、サックスを言った。
「……」
 あおいと岬がなんとも言えない顔で風太を見てる。
 でも、俺には解る。
 ああ、朔太郎。
 風太を返してくれたのか。
 連れてきてくれたのだ。
「……」
 サックス―――サクタローを持った風太はひどく朔太郎に似ていた。


「……」
 風太を守ろう。
 もう二度と手を離さないで、ずっと風太を幸せにしよう。
 あの笑顔が曇らないように傍にいよう。


 そう思っていたのに、風太があまりにも朔太郎に似てくるから、
 あまりにも、サックスを楽しそうに吹くから、無愛想な夢を見た。

 朔太郎に捧げたベースは壊してしまった。
 あの日、確かに俺の世界は壊れたのだ。


 でも、
「風太、バンドは楽しいぞ」
「……バンド?」
 風太は覚えてない。
 俺がベースを弾いて、朔太郎がサックスを吹いていた時に楽しそうにしていたことも。
 一番のファンだったことも。


 でも、それは全部俺の中にある。
 これからは風太に捧げよう。
 ベースを風太の為に奏でよう。

 俺の持ってる全部を風太にやろう。
 だからどうか、


「ああ、すっごく『楽しい』ぞ」


 もう二度と、消えないでくれ。    


 


 

早坂絋平2023生誕祭に書いたものです。キミステのPVも来ましたね!!楽しみだーーーーーーー