クリスマス。
13歳まで風太がサンタクロースにする『おねがい』はたったひとつだった。
『兄ちゃんの病気を治してください』
『病気が治る薬がください』
『世界一のお医者さんが来て、兄ちゃんを治して下さい』
風太は本当の本当に、朔太郎が大好きだった。
朔太郎も風太が大切だった。
本当は家族で過ごしたいだろうに、風太は自分やあおい、岬を呼んでクリスマスパーティを毎年した。
その日ばかりは朔太郎が一時帰宅して、風太とクリスマスを過ごすのだ。
そして、無邪気に風太は笑うのだ。
毎年、サンタクロースを信じている。
信じて、今年こそ神様が兄を治してくれるって願ってる。
そして、25日に落胆するのだ。
風太が2番目にほしがっていたモノ。
それを手に入れて、朔太郎は「風太、良かったな」と頭を撫でる。
風太は嬉しそうに笑っていた、でも、知っている。
朔太郎が帰るからと、見送りに行った。
そして、風太が何故かいなくて呼びに行こうとするとすすり泣く声を聞いてしまった。
部屋の中にいる、大好きなおまんじゅうちゃんのぬいぐるみに「なんね?兄ちゃんの病気が治るようお願いしたのに、今年も駄目だったばい…」と言う風太の声を聞いてしまった。
自分は、心のどこかできっと風太は暢気だとか、悩み事がないとか思っていたところがある。
朔太郎みたいな兄がいて、風太が羨ましいと思っていた。
そして、自分の事でいっぱいいっぱいで、心のどこかで、風太は自分よりもずっと早く立ち直れると思っていた。
どうしてそんな馬鹿な事を思ったんだろう。
俺なんかよりも、ずっとずっと、朔太郎のことを、―――風太は大好きなのに。
狂ってしまうくらい大好きで、壊れてしまうくらい大切で。
そんな風太を見て心底後悔した。
いつも太陽みたいに笑ってる風太が虚ろな目をして、誰の声も聞こえないかのように閉じこもってしまった。
あんなに学校が大好きだったヤツが、一歩も家から出なくなってしまった。
朔太郎が亡くなったばかりだというのに、次は風太があんな風になってしまって二人のご両親は悲しむ暇もなく大変そうだった。
神ノ島家にはずっと嵐が続いていた。
朔太郎が―――寂しいからなのか、風太の笑顔も一緒に連れて行ってしまったのだと。
自分が約束を忘れたから、罰を与えたのだと思った。
だから、風太が元に戻ったときは、壊れていたと知っても嬉しかった。
朔太郎がチャンスをくれたのだと思った。
『サクタロー』とサックスを呼ぶ姿。
朔太郎が、風太と一緒に夢を追いかけろと言ってくれてるのだと、許されたのだと思っていた。
でも、朔太郎は俺のことをけして許してくれたわけじゃなかったんだ。
「……」
未だに風太はまだまだ子供で、自分が20歳の時よりもやっぱりずっと幼いと思う。
でも、朔太郎の事を乗り越えて、もう自分は『保護者』の立場じゃなくて、風太の事を守る必要はないのだと気づいて。
それでも、風太の笑顔をずっと守りたいんだと、大切だと気づいて、自分の気持ちと向き合った結果、自分はこの子が好きなんだと気づいた。
風太に好きだと言われて、誰にも譲りたくない、渡したくないのだと思った。
いわゆる『恋人』になれた時は本当にうれしかった。
二人で朔太郎の墓に行って報告したくらいに。
そこまでならハッピーエンドだ。
問題は―――
「……サクタロ―……」
朔太郎のことを思い出しても、今でも風太はサクタローの事を大事にしている。
朔太郎の形見だ。大切なのはわかる、俺にとっても大事なものだ。
だが、クリスマスの、それも恋人の一夜にまで大事に抱きかかえて寝なくてもいいんじゃないか?風太。
『絋兄ちゃん!』
『うん、どうした?風太』
『あんね……恋人ってクリスマスの夜は一緒にすごすって聞いたけんね!』
『あ、あぁ……そうだな…』
『だから、絋兄ちゃんと一緒に過ごしたか!』
そうきらきらとした笑顔で言われて、何もないとはわかっていても、それでも恋人と聖夜を過ごすと聞いて少しくらい期待した俺はけして悪くないと思う。
でも、紐を開けば、いつものようにみんなでご飯を食べて、ケーキを食べて、お風呂に入って、パジャマに着替えて、歯磨きして―――俺の部屋に泊まりに来て、恋人たちの時間がここから始まると思うと、普通は期待するだろう?
だけど、そこは風太。
ゆっくりと人の布団に潜り込んで『絋兄ちゃん、おやすみ!』と言われてあっけにとられてしまったのは俺が悪いのだろうか?否、悪くないだろう?
だって、普通―――まぁ、そういう事は出来なくても、せめてキスとか、そういう段階を進んでもいいんじゃないだろうか。
なんだかこんな煩悩ばかり考えている自分がおかしいのかと思って風太を見ると、まるで勝ち誇るかのようにピカピカに輝くサクタローが妬ましい。
考えてみれば、サクタロ―は演奏のたびに風太のキスしているわけだ。
「……って、俺は何を考えてるんだ…」
サクタロ―はサックスだぞ?
いくら朔太郎が風太を目に入れてもおかしくないくらい可愛がってたからといって何を考えてるんだ。
大体、二人は兄弟だぞ。
俺だって妹や弟にそんな不埒な気持ちを考えたことないだろうに。
きっと朔太郎だって―――
「……ううん……にーちゃ…」
「……」
否、朔太郎だぞ?
風太に頼まれたらなんでも叶えてしまうような男だぞ?
別に恋愛感情とか不埒な感情は持ってなくても、風太にキスくらいするんじゃないのか…?
『絋平……風太は可愛いな……世界一可愛いと思わないか』
「……」
―――、しそうだ……。
考えたら真顔で朔太郎はそういうことをいう男だった。
そういうところが好きだったし、音楽に対する情熱やまなざしに焦がれた。
だけど、同時に思うんだ。
風太の中にいる朔太郎の存在が嬉しくて、以前はそれが嬉しかった。
最低だけど、風太に朔太郎を重ねていたところもあるし、風太が朔太郎に似てきた事が嬉しかった。
でも、今は自分勝手にも、風太の中にいる朔太郎に嫉妬している。
どれだけ頑張っても朔太郎には勝てないんだと思い知らされているようで。
「……」
なんだか悔しくて風太の柔らかな頬をむにと摘まんでみると、『へへ』と涎を垂らしながら笑っていた。
時々考えてしまう。
自分が朔太郎の面影を風太に思うように。
風太も、朔太郎と俺を重ねているのではないかと。
大好きな朔太郎が、自分を守ってくれて、優しくて格好良い朔太郎に。
「……んん、絋兄ちゃん……?」
「っ……風太?」
「サンタさん、きたと?」
寝ぼけた目をこすって風太がぼんやりを俺を見た。
「い、いや……」
すると残念そうな顔をして、ぼんやりと俺を風太が見る。
「あんね、絋兄ちゃん……サンタさんにおれ、いいたいことあったとね……」
「ん?」
「ちっちゃかころ、むちゃなことおねがいしてあやまらんと……」
「……」
「それから…」
そう言って、風太はぎゅっと俺の手を握って、
「もうほしいものは手に入ったから、もうよかよ、って……いままでありがとうって…」
ニコニコ笑って、それからそのまま、ぐかーと寝息を立てて眠る風太。
「……そう言うのなら、もう少し恋人扱いしてくれよ」
これくらいなら許されるだろうかと思って、そっと額に口づけをした。
『絋平、それは許してないぞ!』と言いたげにサクタローがキラリと輝く。
それを無視して、少しくらいいいだろ、と記憶の中の朔太郎に毒づいて、風太の事を抱きしめる。
もう大きくなって、とっくに冬だというのに、小さい頃から変わらない、日溜まりの匂いがした。
「……」
小鳥の鳴き声と共にぱちりと目を覚ます。
慌てて体を起こそうとするが、がっちりと抱きしめられている事に気付く。
「……っ…」
目の前には絋平のドアップの顔があって驚いたけれども、すぐに笑みが零れる、
「えへへ」
ずっと、一番欲しいものが手に入らなかった。
兄が健康になった未来。
絋平の『いちばん』。
前者は手に入らなかったけれど、後者は泣いて、足掻いて、諦められなくて、手を伸ばしてやっと手に入れられた一番欲しかったもの。
風太はそのまま絋平の胸に顔を埋めた。
―――きっと、もうサンタクロースは来ない。
結ブに参加させて頂いて一枚も読まれなかった絋風作品です(泣)
とはいえ、貧乏性なので加筆修正してここでひっそりとアップしておきます。