だいすきなおと

「やって、絋兄ちゃんのベース、やっちゃ好きばい!」
 ニコニコと笑って風太が言う。
 風太のお祭りフェス
 出るメンバーもセットリスト、風太が初めて全部1人でやるという事に心配があった。
 とはいえ、過保護も卒業しないと……という事だけは自覚があったので、絋平は風太を温かく見守ることにした。
 もっとも、そのことを知ってか知らずか周囲が一々報告しにきてくれる。
 賢汰から『うちの礼音と深幸と涼をよろしく頼む』と言われたし、万浬からは『うちの蓮くんと結人くんと凛生くんをよろしくお願いします』と言われ、航海には『ストッパーがいないので本当に迷惑をかけると思うんですけど…』と申し訳なさそうにされた。最も、迷惑をかけているのはうちの風太なのだが、と絋平は思った。
 風太の無茶ぶりはいつものことだ。  けれどそれは風神RIZING!での日常であって他のバンドの人間に迷惑をかける事が心配だった。  あおいに「あいつ、オレと桔梗くんと美園くんに歌えって言うんだよ!」と言われた時は風太だなぁと絋平は思うしかなかった。
 見守ると決めた以上はそれ以上何も言わない。そう思っていた。
 だから驚いたのは『これに決めたばい!』と書かれたセットリストを見た時だった。
「……風太」
「なんね?」
「……・曙を誘ったんじゃなかったか?」
「そうたい!涼さんも来てくれるけんね!」
 ニコニコと笑う風太に絋平は何故、と思った。
「なぁ、風太」
「うん?」
「なら、どうしてベースがずっとオレ1人なんだ?」
 そこだった。
 あおいの担当するキーボードや大和の担当するギターは別の人が担当する歌もあるというのに、何故かベースだけは曙涼という、おそらく自分よりも上手いベーシストがいるにも関わらず担当するのが絋平だけだった。
 どうせなのだ、自分以外の人間が弾く様子も観客は見たいのではないだろうか、それを聞くのもフウライの勉強になるだろう、そう思ったのだ。
 しかし、風太はきょとんとした顔をして「なんね?」と首を傾げる。
「なんでって……」
「だって、フウライのベースは絋兄ちゃんやろ?」
「……いや、でもキーボードやギターは違う人がやってるところもあるだろう?」
 それどころかドラムに関しては前半は完全にGYROAXIAの深幸が担当している。
 これを見て良く岬は怒らなかったな、と思ったものだ。
 つまり、風太の中では別の人間と変わっても風太の『楽しい』が詰められているわけだ。
 でも、何故か自分だけは最初から最後まで出ずっぱりなのだ。どうしてなのだろうと尋ねたくなるのは当然だろう。
 しかし、風太は目を閉じて、それから少し考えて、また目を開いた。
 空色の大きな目がじっと絋平を見る。


「やって、絋兄ちゃんのベース、やっちゃ好きばい!」

「……」

 まったく答えになってない答え。
 けれど、このライブは風太の『楽しい』を込めるとずっと言っていた。
 だとしたら、風太の『楽しい』に、絋平は必要不可欠だと無意識に思ってくれているのだろうか。
 その笑顔をずっと真横で見つめていてもいい、そう風太自身も思ってくれているのだろうか。朔太郎に頼まれたから、という理由だけではなく、風太自身が絋平を求めてくれているのだとうぬぼれてもいいのだろうか。
「……そうか」
「そうたい!」
 思えば風太は小さい頃から朔太郎のサックスと絋平のベースをずっと聞いてくれていた最初の|観客《ファン》 だった。
 2人の音を好きだと、上手い、聞いていたいと嬉しそうに言ってくれていた。
 そして、その曲に乗せていつも楽しそうに歌ってくれた。
 そのことを覚えててくれているのだろうか。ずっと昔と変わらず好きだと笑ってくれているのだろうか。
「……なら、仕方ないな」
「うん、しょんなかね!」
 ニコニコとする風太の笑顔。
 この笑顔が好きだ。
 この太陽が雲って、また見れなくなる時が来るなんて思いたくもないし、そうなったらきっと自分が自分で許せないくらいじゃ済まない。
 風太の存在こそが絋平にとって生きる一番の理由だ。
 だから、どうかずっと傍にいてその笑顔を、歌声を聞かせて欲しい。
 一度、朔太郎のためと夢見たベース。けれど、棄てたベースを拾ったのは風太の為だった。
 だから、風太が願うならずっと奏で続けてやりたいし、その隣にいてやりたい―――否、いてほしい。


 風太が自分がいるなら楽しいと思ってくれている、そんな夢のような日々がいつまでも続く事を祈っている。
 この太陽の隣にいつまでもいれることを願っている。
 日溜まりのぬくもりを感じながら、ずっと。


「風太の『楽しい』が詰まってるもんな」

 そう言えば、嬉しそうに風太が笑った。


「風太ーーーーーーー、なんでオレの出番が少ないんだよ!」
「……ふっ、オレは出番いっぱいだ」
「あ、大和、岬!見てくれたんね!」
「やっぱり言ったな」
 この賑やかな騒がしい日々が続いて、風太の、みんなの笑顔が続きますように。
 だって、風太の笑顔が、太陽が昇り続ければこの家は幸せに溢れているのだから。

 


 

お祭りフェスのハヤサカコウヘイでずっぱり事件を忘れられない……風太くんの楽しいには絋兄ちゃんが必要なんですね……とにっこりしました