それぞれに哀しみがあって、癒えない傷がある。
あの雨の日から、きっと自分と風太には、一生消えない傷痕ができた。
一歩前に進むということは、少しずつ景色が変わるという事。
小さいころきらきらと世界は輝いていたはずで、見たいものも、行きたい場所も、たくさんあったはずなのに。
なのに、それをしようとすれば心の中で自分は―――
『絋平』
朔太郎を裏切っているんじゃないかと思えてならなかった。
あの優しい朔太郎がそんなこと思うはずがないのに、それでもあの日、俺はたった一つだけの朔太郎の約束を忘れて逃げ出した。
自分にとっても大事な存在に背を向けた。
壊れ切った風太は、自分の罪なのだと突きつけられた気がした。
だから、今度こそ約束から逃げない、風太を護ると決めた。
でも、それは―――自分にとって約束だから風太を守るのか、それとも風太が大切だから約束に固執するのか、自分でも境目が分からない。
自分は、風太の事を、本当に大事に思ってるんだろうか?
「絋兄ちゃん!せふれになりたか!」
「ぶっ?」
突然の言葉に飲んでいた麦茶が口から噴き出た。
今、とんでもないことを言わなかったか?
「……風太」
「なんね?」
「上手く聞こえなかったんだが…」
「せふれになりたか!」
そう高らかに宣言する風太をどうするのが正解なのだろうか、あいにく、この部屋にいるのは自分と風太だけだった。
否、他のメンバーがいたところで聞けるわけもないのだが。
「……風太」
「おん?」
「セフレって何か知ってるのか?」
誰だそんな単語をこんな純粋培養の風太に教えたのは、と思っていると「もちろんばい!」と胸を張って風太は答える。
「2番目に好きな人たい!」
「……」
自信満々に答える風太に何も言えない。
「絋兄ちゃんのにばんめになりたい」
そう苦しそうに、悲しそうにそういう風太に自分はなんて言えるだろうか。
「…風太」
「一番は朔兄ちゃんだって知ってるから、二番目になりたか!」
なんでもこれがいい、あれがいいと我儘に風太はいう。
でも、けして空気が読めないわけではないのだ。
これでも人に気を遣うし、けして踏み込んではいけない境界線を間違えることはない。
それが神ノ島風太という存在が人々から愛される理由であり、この空色の瞳に見つめられたら誰だって何でも叶えてやりたくなる。
「…セフレはそういう意味じゃないぞ」
けれど、そのお願いに応えることはできなかった。
「え、そうなん?どういう意味と?」
「……まぁ、あんまりいい意味ではないな…」
「そうだったとね~……」
はぁ~…と何故か感心したように呟く風太に「もう使ったらダメだぞ」という。
二番目でいい、と風太はいう。
でも、自分にとって風太の存在が二番目だなんて一度だって思ったことはない。
じゃあ朔太郎は?岬やあおい、大和は?家族は?
考えれば疑問なんて幾らでも浮かんでくる。
簡単に「いいよ」と言えば叶えてやれる。
でも、それは違うということくらい解ってる。
どれが嘘でどれが本当なのか?
それを信じて、どれを疑うのか。
自分の気持ちなのに、それすらも迷う。
解ってる。
それぞれの行く先が会って、同じ夢を追いかけていたって、このバンドの全員がずっと同じ気持ちでいられるわけじゃない。
それでも、
それでもこの雨が晴れなければいいと想いながら、その傍らで身勝手にも青空を待ち望んでしまう。
太陽の、光はあると思うと、大雨の中で祈り続けているのだから。