闇雲にでも信じていた。
きちんと前に進んでいるんだと。
真っ暗な、何も見えない未来に何も恐くないような顔をして、必死で一歩前に踏み出していた。
まだ20年しか生きていない自分は成人と言うには子供で、それでも一度話してしまったこの小さな手を二度と離さないように大人ぶって過ごす事に精一杯だった。
たった2歳しかない差が、あの頃の自分にとってはとんでもなく大きな壁だった。
そして、それは、余りにも大きすぎるあの背中を追いかけ続けていたからだということくらい自分だって解っていた。
全員が平気な顔をして、自分達ふたりを置いて降り続けるこの大雨から出て行く。
晴れ間を見つけて、
あるいは傘を手にいれて、
最初から晴れにいる人間も。
自分と、
風太だけが、
ずっと雨に打たれ続けている。
でも、風太が寒くないよう、笑っていられるように、雨が降っている事をごまかすように必死で雨を1人で受け止めていた。
受け止めている、気になっていた。
それで本当に辛いのが誰かだなんて見えないふりをした。
自分だけが辛い目にあってるんだと、我慢しているんだと、それでいいんだと思い続けて。
今も、雨は降り続いている。
ずっと、あの日から、朔太郎が死んだ日からいつだって早坂絋平には雨の日しかなかった。
それが辛いとか、悲しいとか、苦しいとかそんな事思う事はなく、彼がいない世界を慣れることなく生き続けるしかないのだと言い聞かせる。
埋められない喪失感がいつも心の中にあって、それはきっと死ぬまで続くのだろう。
手探りで、必死で、がむしゃらになって今日を生き続けるしかない。
目を閉じて、語りかけて、胸の奥にしかいない、記憶の朔太郎を思い出して、その度に悲しくて辛くなって、でも思い出せない方がずっと辛いから、と笑う。
そんな毎日を送り続ける。
でも、それがけして不幸だなんて思わない。
「思い出せない方がずっと寂しかね~」
「……そうか」
風太はくるくると傘を回した。
寂しそうに、辛そうに、でも、噛みしめるかのように笑っていた。
あの日から、朔太郎が死んだ日、約束したのに自分は一度彼の手を離した。
あんなに守ってやってくれと言われたのに。
けれど、壊れきった風太を見た時、安心してしまった。
岬も、あおいも、世界も、あんなに朔太郎を好きだったのに、みんなどうして平気で毎日を過ごせるんだろうと信じられなかった。
本当はみんな傷だらけで痛みを抱えているのに、あの頃の自分は自分だけが不幸なんだと思っていた。
だから、風太が自分以上に壊れてしまったのを見て安心した。
ああ、朔太郎が死んで辛くて悲しいのは自分だけじゃないのだと。
風太だけが自分の痛みを理解してくれているのだと思った。
だから、手放せなくなった。
朔太郎との約束、
自分の唯一の理解者、
本当は風太を立ち直らせてやるべきだと、過去と向き合うべきだと頭では理解してても感情が拒否した。
風太を自分は結局、誰にも奪われたくなかったのだ。
自分だけをこの大雨の中に残さないでほしかった。
独りにしないで欲しかった。
「雨の日は今でも嫌いやけんね」
「そうか、……そうだよな」
「サクタローとお外にもいけなか、洗濯物も乾かないし……それに悲しい事も思い出すたいね」
「……」
「やけん、思い出さないと色んな大事な思い出も忘れたままだったばい、そんなの嫌ばい!」
風太は朔太郎の事を思い出して、前を見て、歩き出して、そして、笑って、絋平の手を握ってくれていた。
絋平と一緒に、風太は同じように大雨の中を歩き続けている
。
茨の道、暗闇の途中でもずっと風太は隣で笑って、励ましてくれて同じように微かな光を一緒に見て歩み続けてくれている。
「……それに、こうやって、絋兄ちゃんとあいあいがさ出来るのも、雨だけたい!」
「俺の肩どころか、風太が回したがるから色々濡れてるんだが……」
「帰ったら一緒にお風呂に入ればよかね!」
えっへんと言いたげに何故か胸に張る姿に呆れるような、微笑ましくて笑ってしまうような何とも言えない気持ちになる。
「絋兄ちゃん」
「ん?」
「雨があがったら」
風太のいう雨が今降っている雨なのか、それとも絋平と風太の心に、朔太郎が亡くなった日から降り続く雨なのかは解らない。
きっと特に意味はないのだろう。
けれど、風太はこうみえて察しがいい。
自分達にしか通じない、そして共有している痛みを理解しているのかもしれない。
だけれど、絋平はあえてそれをはっきりさせることはなかった。
「虹がみえたらよかね!」
辛い別れも、
嬉しくてたまらない日々も、
どれも大切でたまらないもので、心の奥で仕舞い込んで思い出す時を待ち望んでいる。
それらを全部抱いて、全部、まだ見えない明日へ持って行こう。
2人でいつか、きっと、訪れる雨が終わった後の『晴れ』を信じて。
その時には、見えるだろう。
なないろのキラキラと輝く―――なないろの虹を。