いつも笑ってる弟分だって、他の感情がないわけじゃない。
落ち込む事もあれば、怒る事だってある。
けれど、泣いた顔はほとんどなかった。
それでも、出会ったのはこっちが5歳で、あっちが3歳。
過ごした時間が例え誰が一番長いとしても、一番風太の泣き顔を見た事が多いのはきっと自分だった。
何故なら、同じ痛みを抱えていたからだ。
「風太」
「絋兄ちゃん……」
「ほら、おじさんもおばさんも心配してたぞ」
帰るぞと言えば、小さく首を振った。
「……風太」
「帰りとうなか」
「……」
いつも『楽しい』がウリの風太だが、それでも、ずっと笑っていられるわけじゃない。
そんな人間、どこにもるわけないのだ。
一見何にも考えていないように見えて、実際は色々と色んな人の感情を察してしまうこの子は笑顔でいないと両親や岬やあおいに心配をかけると思っているのだ。
何よりも、『朔太郎』に。
病室で横たわる兄の分まで元気でいなければいけない。
そう思って、風太は走り回ってる。
何より、それは朔太郎が望んだ事だったから。
『風太が笑って元気だったらそれだけで元気になれるよ』
その言葉の意味は解る。
辛くても、風太が笑っていると、少しだけこの世界がよいモノなんじゃないかと思えるのだ。
例え、この世界に神様がいて、朔太郎を苦しめていると解っていても。
ため息を吐いて、仕方ないなとつい笑みがこぼれる。
隣に座って、肩と肩を合わせてやれば、目の膜が壊れて、やっと安心したように頬に涙を伝う。
「……夜明けの来ない夜は来ないさ」
「……そりゃ何ね」
「昔の有名な歌の一節」
そう言って、どんな顔をしていいのか解らないでいる風太の横顔を見た。
夜明けの来ない夜がないように、沈まない太陽だってない。
眠らない月も。
雨が降らない空だって、晴れない雲も、解けない雪も、全部、ありえないのだ。
「…どんなことにも、終わらないことはないって意味だ」
「……」
「大丈夫だよ」
「……」
「朔太郎は治るさ」
「っ!」
そう言えば、ただでさえ大きな瞳から、張った涙の膜が壊れて、ぽろぽろと綺麗な涙が溢れ出る。
その涙を風太がその顔を他の誰にも、朔太郎にさえ見せたくないというのなら、壁くらいにはなってやりたかった。
大好きな兄にすら見せられないその涙を、自分が拭ってやりたかった。
そっと頭を撫でてやれば風太の顔が思い切り歪むのが解る。
ぽとり、ぽとりと流れる綺麗な涙を指で掬いあげる。
それから覆い隠すように抱きしめてやれば、おずおずと背中に手を回された。
風太の笑顔をずっと、守ってやりたい。
傷つかないように、ずっと傍にいてやりたい。>
それが無理だと解っているし、幼馴染だからといって同じ道を歩んでいけるわけじゃないことを一番、俺が解っていた。
それでも、それでも、見ないフリをした。
泣き顔が、ゆっくりと笑顔に変わるこの瞬間だけは、もう少しだけ独り占めしていたい。
「絋兄ちゃん」
「もういいのか?」
「もう大丈夫ばい!」
ニカッと口角が上がり、空色の瞳に光が差し込み、太陽がゆっくりとまた上がる。
その姿に、あきれたように肩をすくめながらも、笑いかけてやれば、「絋にい、帰るばい!」と大声を上げた。
手を握ってくる大事な大事な弟分。
たとえ、彼にとっての一番が自分じゃないとしても、それでも自分は大事にしてやりたかったし、守ってやりたかった。
朔太郎の代わりに、泣いてる風太のことを守りたかった。
その役目がなくなるのは寂しいが、それでも、それこそがきっと自分にとっての望みだった。
だって、朔太郎と風太が隣あって笑っている姿をそっと横で見つめている。
そして自分も笑ってる。そんな席こそが自分には似合う。
『絋平……頼んでいいか…?』
その役目を、奪おうだなんて思った事は一度もないのに。
『風太を……あいつの『楽しい』を……守ってやってくれ……』
だというのに、太陽の涙も、笑顔も、全部守る、似つかわしくない玉座に座らせられて、俺は今も生きている。